平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

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クレイグ・ライス『時計は三時に止まる』(創元推理文庫)

 ジェイクは半ば呆れていた。今日はバンド・リーダーのディックが駆け落ちをやらかす日。だが、肝心の相手が姿を見せない。やむなく先方を訪ねてみれば屋敷は警官だらけ、おまけに彼女は殺人容疑で逮捕されたという。陳述の内容が凄かった。事件のあった午前三時に、時計がいっせいに止まった? 頭を抱えたジェイクは旧友のマローンに弁護を依頼するが、途端に今度は、何者かが屋敷じゅうのベッドメイクをしていったらしいことが明らかに……。酔いどれ弁護士マローンとその仲間が織りなす笑いの数々。不滅のユーモア・ミステリ連作、ここに開幕!(粗筋紹介より引用)
 1939年、アメリカで発表。1987年5月、『マローン売り出す』のタイトルで光文社文庫より翻訳刊行。1992年1月、若干の訂正を加え、改題し、創元推理文庫より刊行。

 酔いどれ刑事弁護士ジョン・ジョセフ・マローン、ナイトクラブ経営者(本作ではディック・ディントン率いるバンドのエージェント兼マネージャー)のジェイク・ジャスタス、大富豪の娘で酒豪、後にジェイクと結婚するヘレン・ブラントの初登場作品。『大あたり殺人事件』などの傑作ぞろいのシリーズなのに、なぜ本作の邦訳がこんなに遅れたのかはわからない。
 富豪の相続人、ホリー・イングルハートと秘密の結婚をし、その夫でバンドリーダーのディック・デイトンと駆け落ちをするための待ち合わせ。ところが時間になってもホリーは現れない。ジェイクとディックはホリーの家を訪ねてみると、富豪の伯母、アレグザンドリア・イングルハートが殺害され、ホリーは警察に逮捕されていた。
 ここからジェイクがマローンに弁護を依頼し、ホリーを救うべくドタバタ劇が始まる。ただ後の作品と比べると、それほどドタバタがあるようには感じない。ユーモアとウィットにあふれる会話はすでに片鱗を見せているが、事件の謎と絡み合った人間関係に振り回されている印象の方が強い。
 時計が午前三時に一斉に止まった謎の方はそれほど面倒なものではないが、殺人事件の謎をここまで読ませる作品に仕立て上げるのは、作者の腕と言っていいだろう。登場人物の魅力と、流れるようなストーリー展開の巧さに酔いしれる長編である。
 2018年の復刊フェアで購入した一冊。東京創元社にはもっともっと復刊してほしいものが色々とあるのだが、毎年似たようなラインナップに見えてしまうのは気のせいか。