平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

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西澤保彦『赤い糸の呻き』(創元推理文庫)

 白昼に新聞紙を鷲掴みにして死んでいた男性に何が起こったのか――。音無美紀警部のめくるめく、ぬいぐるみへの妄想と、事件の対比が秀逸な、犯人当てミステリ「お弁当ぐるぐる」。停電時のエレベータ内で起こった殺人事件。もっとも怪しいのは、手や服を血で汚した指名手配の男だが。不可能犯罪を劇的に描く「赤い糸の呻き」。都筑道夫の〈物部太郎シリーズ〉の傑作パスティーシュ「墓標の庭」など、バラエティー豊かな5編を収録。“西澤ワールド”全開ともいえる、著者入魂の傑作短編集。待望の文庫化!(粗筋紹介より引用)
 『ミステリーズ!』『ジャーロ』他掲載作品に、書下ろしの表題作を加え、2011年8月、東京創元社より単行本刊行。2014年6月、文庫化。

 失業中の藤川光司が真っ昼間、自宅のフライパンで殴られて殺害された。発見者は保険会社の訪問外交員の女性。家の裏の蔵にあった古美術品百数十点が無くなっていた。容疑者は光司の代わりに働きに出ていた妻の小夜、近所に住む一人息子の允やその妻修子。疑問に挙がったのは、小夜が用意していたまずい弁当がきれいに無くなっていたのに、光司の胃袋には何も入っていなかったことだった。「お弁当ぐるぐる」。犯人当てアンソロジー『あなたが名探偵』に掲載された作品。推理というよりも、一番しっくりくる仮説、と言った方が正しい。単に流れ者の犯人が殺害した後弁当をどこかに捨てた、という説でも間違いではないわけで。どうでもいいが、無駄にキャラの立った刑事たちは余計じゃないかと思っていたが、後にシリーズ化される。
 物部太郎探偵事務所へ依頼に来たゴーストライターの末森徳美は、父から相続した一戸建てと隣の家との間の路地で、五か月ほど前から長い髪の女の幽霊が現れるという。父は亡くなるとき、庭に殺した母親の遺体が埋まっているので、家と土地を売る時は処理してからにしてくれという。まずは幽霊の素性を調べてほしいという。助手の片岡直次郎が幽霊のあらわれる時間を見計らって見張りに就く。「墓標の庭」。都筑道夫の物部太郎シリーズのパスティーシュ。とはいえ、肝心のシリーズを読んだことがないので、どこまで似せているのかはわからないが、幽霊の謎の裏側は面白い。
 憧れの先輩、掛川美幸に来てほしいと頼まれ、日曜日の午後一時に公園へやってきた柚木崎渓。ところが二時半を回っても、待ち人は現れない。そこへ飛んできた紙飛行機には、SOSと書かれた美幸からの文字。筆跡が違うけれどとりあえず指定されたマンションの五〇五号室に行くと、「菅田」のネームプレート。しかし部屋に入ってみると美幸が殺されていた。部屋の電話がつながらないので一階に降りると、喧嘩の仲裁をしていたおまわりさんが二人いたので声をかけ、改めて戻ってみると、美幸だけではなく、同じ高三の畠瀬先輩も殺されていた。「カモはネギと鍋のなか」。県警捜査一課の与那原比呂刑事と、同居中の恋人である川渡紗夜があれやこれや話し合いながら、事件の謎を解き明かす展開。西澤らしいと言ってしまえばそれまでだが、これだったらタックシリーズでもよかったんじゃないだろうか。
 ホームレスの浅黄学が殺害され、容疑者として挙がったのは元同僚であった畝部龍二郎であった。しかし畝部は、不倫相手である厚東あきえの部屋にいたとアリバイを主張。若狭刑事はありえの住むマンションからフラワーポットという愛称の建物を見て、12年前の事件を思い出す。「対(つい)の住処」。建物を見て抱いた既視感から、現在と過去の事件の驚くべき連鎖を探し出す展開。こんな動機、よく考えたよなというのが第一印象。本作品中では異色作かもしれないが、一番印象が強い。
 結婚式場へ向かうエレベータ内で、指名手配犯を監視していたふたりの刑事。突然の停電後に、なんと乗客のひとりである中学生が殺害されていた。もっとも怪しいのは、手や服を血で汚した指名手配の男。しかし動機がない。捜査の途中で大怪我をして車椅子生活の岩渓智香刑事は、世話をしに来てくれた二卵性双生児の弟・智久の新婚の妻である真音に三年前の事件の概要を話していた。しかもこの時の刑事の一人は、二年後に墜落死をしている。真音が導き出した驚異の真相は。「赤い糸の呻き」。石持浅海の短編「暗い箱の中で」に触発されて書かれた、エレベータの中での謎の殺人。これも西澤らしく、色々仮説を立てていきながら事件の真相に迫っていくのだが、最後に解かれる謎の真相と、さらにその裏側にある想いが何とも痛々しい。正直、この思考が私には理解できない。

 ノンシリーズの短編集としては三冊目とのこと。一癖も二癖もある探偵役たちが、様々な仮説を立てながら推理を繰り広げていく展開は、作者のお手の物の展開だろう。ただ推理を繰り広げるだけなら、もっと地味なキャラクターにしてもよいとは思うのだが、それもまた作者の個性の一つか。
 個人的な感想だが、たまには切れ味鋭い推理を見せる作品も読んでみたいところ。作者の持ち味が十分に出た短編集であることは分かったうえで、あえてそう書いてみる。