平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

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青崎有吾『11文字の檻 青崎有吾短編集成』(創元推理文庫)

『体育館の殺人』の衝撃のデビューから10年。“平成のエラリー・クイーン”と称された青崎有吾は、短編の書き手としても高い評価を獲得し、作品の幅を広げ続けている。JR福知山線脱線事故を題材にした人間ドラマ「加速してゆく」、全面ガラス張りの屋敷で起きた不可能殺人の顛末「噤ヶ森の硝子屋敷」、観測不能な最強の姉妹を追う女たちの旅路「恋澤姉妹」、奇妙な刑務所に囚われた男たちの知力を尽くした挑戦を描く力作書き下ろし「11文字の檻」に、人気コミックのトリビュート作やショートショートまで、10年の昇華である全8編を収録。(粗筋紹介より引用)
 2019~2022年に発表した作品群に、書下ろし「11文字の檻」を加え、2022年12月刊行。

 地方紙カメラマンの植戸昭之は、JR福知山線脱線事故の直前に尼崎駅で会った少年のことが気になった。「加速してゆく」。作者がこのような人間ドラマを主体にした短編を書いているとは思わなかったので驚いた。個人的にはこれがベスト。ただ、この作風では作者の良さを引き出せるとも思えない。
 稀代の女性建築家、墨壺深紅が連作で建てた奇妙な屋敷の一つ、噤ヶ森の硝子屋敷。最小限の柱を残してすべてがガラス張りで、屋敷の裏の木々まで見える透明度。不動産グループの女性社長、佐竹が購入し、宿泊施設としてオープンする前に、旧知の友人5名を招待。ところが到着してから30分後、部屋の中で佐竹が着替えに入った自室で射殺され、しかも出火して屋敷が全焼した。佐竹が殺された部屋は誰も近づいておらず、密室だった。探偵、薄気味(うすきみ)良悪(よしあし)が謎を解く。「噤ヶ森(つぐみがもり)硝子(ガラス)屋敷」。ここまで作られた設定を見ると館もののパロディとしか思えなかったのだが、読み終わってみると普通に本格ミステリだった。まあ密室トリックはバカバカしいが、犯人を突き止めるロジックはそれほど悪くない。ただ、そんな勿体ぶって語るほどのものとも思えなかったが。ここまで細かい設定を作ったのなら、是非ともシリーズ化して連作短編集として出してほしい。
 漫画『私がモテないのはどう考えてもお前らが悪い!』の公式二次創作、「前髪は空を向いている」。元作品を知らないので、読んでもなにがなんだかわからなかった。
 禿頭の探偵水雲(もずく)雲水(うんすい)が、女子大生墜落事件の謎を解くショートショート「your name」。嘘を見破るネタは、ワープロ時代にも確かあったななんて思い出した。ちょっとした叙述トリックを織り交ぜているところは面白い。
 飽きっぽい男が、妻に飽きて殺してしまった。ショートショート「飽くまで」。趣向としてはありかも知れないが、このあと飽きが来ても取り換えがきかないルーチンの生活を送ることになるのは気付かないのだろうか。
 あとがきに書かれているように、巨大ロボの清掃のバイトをする女の子の話。「クレープまでは終わらせない」。表紙カバーを描いたイラストレーター、田中寛崇の画集に掲載されたコラボ作品。非ミステリ作品で、絵がないとあまり魅力が伝わってこない。
 人生に干渉した者を片っ端から殺していく、最強の姉妹、恋澤吐息と血潮。日本人で推定二十代。十五年以上も紛争が続く中東の、封鎖された地区に住んでいる。師匠の音切除夜子を姉妹に殺された鈴白芹は、二人と対峙するために中東にやってくる。「恋澤姉妹」。『彼女。 百合小説アンソロジー』に掲載されたアクション小説。作者はあとがきで「百合」について、「広義では友情、憧れ、嫉妬、憎悪、シスターフッドなどもひっくるめた女性同士の関係性全般を指す」としている。申し訳ないけれど、強い印象は受けなかった。だから何なの、としか思わない。
 東土政府によって第二級敵性思想の保持者と認定された縋田は、施設に収容されてしまった。出所するためには、11文字のパスワードを答えないといけない。しかしヒントはない。書下ろし中編「11文字の檻」。極限下の状況でパスワードの謎に迫っていくロジックは面白いのだが、肝心のパスワードの方は今一つ。上層部の一部によるお遊びにしか思えないのだよ、この刑務所って(捕えられた方はたまったもんじゃないが)。そんな余裕があるのか東土政府、と突っ込みたくなった。

 平成のエラリー・クイーンと呼ばれていることは知らなかったが、本格ミステリだけでなくいろいろなジャンルの作品が書けるのだなとは思った。ノンジャンルの短編集を編むのはいいのだが、ここまでジャンルがバラバラだとさすがに印象が散漫になる。特に二次創作は元作品を読んでいないので、苦痛でしかなかった。
 表題作の「11文字の檻」は力作かも知れないが、パスワードの謎よりも、こんな緩い制度の刑務所ってどんな意味があるのかと思う方が強い。だから作品自体の出来としては、あまり感心しない。それよりも「加速してゆく」の方が綺麗にまとまっていると思う。ただ、青崎有吾にこういう作品は求めないけれど。
 やっぱり、ある程度似たような作品をそろえた方が、短編集として楽しめると思う。振れ幅の広さがマイナスに働いた短編集に感じた。