平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

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法月綸太郎『しらみつぶしの時計』(祥伝社)

しらみつぶしの時計

しらみつぶしの時計

中堅推理小説作家新谷弘毅が殺害された。殺害したのはウェイトレスで元ファンの仲田真美子。予定通りにことが進むかと思われたが。「使用中」。

バッティングセンターで出会った男から交換殺人の誘いを受けた。愛情のない妻を殺害するために、その誘いを引き受けるが。「ダブル・プレイ」。

浪費癖のある妻を注意するうちに、カッとなって殺害してしまった。しかも隣に住む主婦のせいで、二人の警官が彼の部屋を訪ねてきた。「素人芸」。

G**将軍は、汚職の噂が絶えないD**長官の収賄の証拠をつかんだ。しかし老獪なD**長官は、将軍の若妻がアルゼンチンの外交官に送った情熱的な恋文を入手し、手紙の破棄と引き替えに告発を取り下げるよう圧力をかけてきた。ホルヘ・ルイス・ポルヘス「死のコンパス」に登場するエリック・レンロットが解決するパスティーシュ「盗まれた手紙」。

作家の追悼文を巡るショートショート。「イン・メモリアム」。

猫は九歳になると、聖地へ巡礼に行かせる必要があるという。「猫の巡礼」。

殺害されたのは、人気戦隊ものに出ていた女優。彼女は死ぬ直前、自らの腕にXのような傷をつけていた。都筑道夫「退職刑事」もののパスティーシュ四色問題」。

ニューヨークの裏町で、ルンペン達と生活する元私立探偵クォート・ギャロンは、ベンチで寝ているところを外套に火を付けられた。都筑道夫「酔いどれ探偵クォート・ギャロン」もののパスティーシュ「幽霊をやとった女」。

男がいた施設の中の時計は、そのいずれもが異なる時を刻んでいた1440個の時計だった。この施設から出るためには、唯一正確な時計を探し出さなければならない。自らが持ち合わせているのは、論理のみ。都筑道夫『やぶにらみの時計』をもじった「しらみつぶしの時計」。

同居していた友人の女性に殺害された女性が握りしめていたのは、一個の小さな鍵。捜査するのは法月貞雄警視、事件を特のは息子の法月林太郎。京大ミステリ研機関誌「蒼鴉城」十号(1984年)に掲載された「二人の失楽園」を改題して発表された「トゥ・オブ・アス」。

小説新潮」「小説NON」「メフィスト」「小説現代」「ジャーロ」で1998年〜2008年に掲載された非シリーズ短編を集めた一冊。



法月もので見られる、無理矢理絞り出して文章にしましたみたいな作者の苦悩が全く感じられない短編がそろっている。特に前半の作品を見ると、法月もようやく職業作家としてこういう肩肘張らない作品を書けるようになったのかと思ったが、掲載されたのが過去10年間に掲載されたものと思うと、ちょっとがっくり来る。これぐらいの作品だったら、2年間で短編集1冊がまとめられる位のペースで書けよなんて思ってしまうのは私だけだろうか。

お手軽に、とまでは言わないが、気軽に読める作品がそろっているので、ページをめくる手はすいすい進む。「しらみつぶしの時計」のように、「頭の体操」ネタを物語性のないつまらない短編に仕立て上げるな、みたいな作品もあるが、パスティーシュも含め平均点揃いといっていいだろう。ただ、この程度の短編集をハードカバーで出すなよ、みたいな気持ちもあるが。失望はしないが、大した満足もしないような一冊。作者は「使用中」をベストに選んでいるが、私が選ぶなら「素人芸」か。着地が決まっているのはこちらの方だと思う。