平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

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ディック・フランシス『再起』(早川書房)

 障害レースの最高峰、チェルトナム・ゴールド・カップが行われる当日、元騎手の調査員シッド・ハレーは競馬場を訪れ、建設会社を経営する上院議員ジョニイ・エンストーン卿から仕事を依頼された。持ち馬が八百長に利用されている疑いがあるので、調べてほしいというのだ。彼は調教師のビル・バートンと騎手のヒュー・ウォーカーが怪しいという。
 ハレーは依頼を引き受けるが、その直後、競馬場の片隅でウォーカーの射殺死体が発見された。この日、ウォーカーとバートンが罵り合っているのを多くの人が目撃していた。そしてウォーカーは前夜、ハレーの留守番電話にメッセージを残していた。レースで八百長をするよう何者かに脅されていたらしく、「言うことをきかなければ殺す」と言われていたという。
 やがてハレーは思わぬ経緯でウォーカーの父親から息子を殺した犯人を突き止めてほしいとの依頼を受ける。さらに知人から、ギャンブル法改正によって発生する不正についての調査も任される。こうしてハレーは三つの依頼を抱えることになった。
 そんな折、警察はバートンをウォーカー殺害容疑と八百長の疑いで逮捕する。彼は証拠不十分で釈放されるが、やがて事件が起きた。そのバートンが自宅で拳銃自殺をしたというのだ。どうしても彼が自殺したとは思えないハレーは、調査を進めていく。だが、卑劣な敵は、ハレーの最大の弱点である恋人のマリーナに照準を定め、魔手を伸ばしてきた!
 『大穴』『利腕』『敵手』に続き、不屈の男シッド・ハレー四たび登場! 巨匠が六年の沈黙を破って放つ待望の競馬シリーズ最新作。(粗筋紹介より引用)
 2006年、発表。2006年12月、早川書房より邦訳単行本刊行。

 ディック・フランシス6年ぶりの新作。しかも片腕の敏腕調査員シッド・ハレーの四作目である。児玉清の解説を読むまで気付かなかったが、作者は86歳である。フランシスは2000年に妻メアリが亡くなってから筆を断っていたが、息子フェリックスのすすめによって再開したとのことである。さらに、今までの作品が妻メアリによって書かれていたという噂を沈黙させるものであってほしい、とインタビューで答えている。そんな噂があったなんて、知らなかった。今まで訳していた菊池光が2006年6月に亡くなっているので、北野寿美枝が訳しているのだが、特に違和感はなかった。フランシスをそんなに読んでいるわけではないけれど。
 ただ、シッド・ハレーが携帯電話とか、インターネットとかを扱っている姿を読むと、時の流れを感じてしまう。というか、勝手なイメージではあるが、似合わない。おまけに若い恋人マリーナとイチャイチャし、事あるごとに義手のことに触れたりしている姿を読むと、これがシッド・ハレーだっけと思ってしまう。おまけに別れた妻ジェニイまで登場。過去のことに振り返ったりしてしまうのは、やはり作者が年を取ったせいだろう。
 そんな甘さと追憶を感じる部分はあるものの、競馬に絡んだスリルとサスペンスあふれる展開は健在で、これぞフランシスと思わせる。息子フェリックスの協力はあったとはいえ、この年でこれだけの作品を書いてくれたことを祝福し、そして感謝すべきなのだろう。そして、唯一といっていいシリーズキャラクター(キット・フィールディングも二作品に出ているが)であるシッド・ハレーに幸あれ、という思いが作者には強かったのだと思われる。
 実はシッド・ハレー登場作品が2006年に出ていたことを今まで知らなかった。ということで、読めただけで満足な一冊。