平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

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若竹七海『依頼人は死んだ』(文藝春秋)

依頼人は死んだ

依頼人は死んだ

わたしはもうすぐ二十九になる。無能とまでは思わないが、有能というほどでもない。不細工とは思わないが、平凡な容貌だ。セールスポイントは貧乏を楽しめること。口が固いこと。体力があること。百人いれば、そのうち三十人くらいにあてはまりそうな売り文句だ。

女探偵・葉村晶のもとに持ち込まれる様々な事件。例えば、市役所から突然送られてきたガンの通知……。その真相は、いつも少し切なく、少しこわい。(帯より引用)

オール讀物』『週刊小説』『小説TRIPPER』『小説NON』等に1993〜1999年掲載。書下ろしを加え、2000年5月、刊行。



かつて勤めていた長谷川探偵調査所の長谷川所長に依頼され、若手女性実業家として人気の松島詩織の身辺警護をすることに。複数の探偵が警護しているにもかかわらず、嫌がらせはエスカレートしていく。「濃紺の悪魔」

婚約者を亡くした友人、相葉みのりの勧めで、二人が暮らすはずだったマンションに住むこととなった葉村。婚約者、資産家の御曹司、公務員、そして詩人の西村は、結婚直前に車をトンネルの壁に体当たりさせて死亡、状況から自殺と判断された。みのりは葉村に、自殺の原因を調べてほしいと依頼される。「詩人の死」。

葉村の母の友人、市藤清乃より、娘の恵子が職場で上司を刺して重傷を負わせた事件の真相を調べてほしいと依頼される。恵子はよく覚えていないと供述し、不眠症で精神科に通院していたことから精神鑑定を受ける予定となっていた。「たぶん、暑かったから」。

大学生榊浩二より、書誌学の夏休みのレポートの手伝いをする依頼を受けた。そのレポートは、特定人物に関する文献・図書の目録を可能な限り精密に作ることであり、困った浩二は姉で学芸員の琴音に助けを求め、近々特別展をやる画家の森川早順を題材に取り上げた。途中で森川の画風が変わったことに疑問を抱いた葉村は琴音に頼まれ、目録のコピーを届けに訪れるが、そこで鉄格子のなかにいる女を描いた「女」という絵を見て衝撃を受ける。「鉄格子の女」。

長谷川探偵調査所の水谷は、1年前に古い教会で起きた殺人事件の後、姿を消した聖母マリア像の行方を調べてほしいという依頼を受ける。水谷の妻・麻梨子は葉村の高校時代の同級生であり、二人を引き合わせるきっかけとなったのも葉村だった。「アヴェ・マリア」。

葉村の高校時代の友人である新進気鋭の書道家、幸田カエデのパーティーで、カエデのアメリカ留学時代の友人、佐藤まどかと出会う。まどかからの相談は、受けてもいない市役所主催の定期健康診断でがんと診断されたという封書だった。葉村は悪戯だと結論付け、まどかも納得していたが、4日後、カエデよりまどかがガンを苦にして2日前に睡眠薬自殺をしたと聞いてショックを受ける。「依頼人は死んだ」。

みのりに誘われ、一泊二食25,000円のホテルに来た葉村。元男爵の別荘だったこのホテルには、常連客が定期的に宿泊に来ていた。葉村はホテルで、誰かが突き落とされる夢を見た。「女探偵の夏休み」。

みのりの母親の友人、中山慧美から、小学校からの友人で、結婚後に疎遠になり、10年前に事故死した由良香織がここ最近、毎晩夢に出てくるようになり、何かを訴えているようなので、それを調べてほしいと依頼を受けた。「わたしの調査に手加減はない」。

水谷が入院先の精神病院で首を吊って自殺した。その5日前、葉村と名乗る男性が面会に来ていたという。「都合のいい地獄」。



長編『プレゼント』に登場した契約探偵、葉村晶を主人公とした連作短編集。掲載誌がばらばらであるため、こうやって一冊にまとめる意向が最初から作者にあったのかどうかは不明だが、最初から「冬の物語」「春の物語」〜と続き、「ふたたび冬の物語」〜を経て、最後が「三度目の冬の物語」で終わっている。最初から意図していたのなら気の長い話だし、意図していなかったのならよくぞここまで巧く連作に仕立て上げたと感心してしまう。恐らく後者だろう。

若竹作品はその平易な文章とひねりの効いたトリッキーな内容と、後味の悪さが売り物だが、本書はそれらを満載に盛り込んだ短編集。読書に爽快感を求めるのなら、若竹作品を読まない方がいい。何とも言えない苦みが癖になるからだ。隠された悪意を暴かれた瞬間が、読者の痛みに代わる。若竹作品が好きな人は、この痛みが快感になるのだろう。私も嫌いではない。

最も良かったのは「鉄格子の女」。これほど怖い終わり方の作品もなかなかない。ただ、どれを読んでも、読まなければよかったという後悔と、もっと読んでみたいというマゾヒズムの快感が押し寄せてくる。久しぶりに若竹作品を読んだが、うん、続きを読んでみよう。そう思わせる一冊である。