平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

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小酒井不木『小酒井不木探偵小説選』(論創社 論創ミステリ叢書8)

小酒井不木探偵小説選 (論創ミステリ叢書)

小酒井不木探偵小説選 (論創ミステリ叢書)

少年科学探偵塚原俊夫の叔父は元逓信省の官吏でお金持ち。俊夫君が探偵になることを勧めた探偵小説好き。俊夫君のところに白紙の手紙が届く。明礬で書かれており、窃盗の予告が書かれていた。そこへ叔父からの電話がかかり、祖先伝来の宝である紅色ダイヤが盗まれたという。「紅色ダイヤ」。『子供の科学』に掲載された少年科学探偵塚原俊夫の初登場作品で、1924年に書かれた小酒井不木の創作探偵小説処女作。意外や暗号ものだが、解けばそのまま犯人がわかるというものではないところがいい。しかもさり気なく犯人の手がかりも提示されており、推理が可能。

近所にある貴金属品製造工場から白金の塊が盗まれた。「暗夜の格闘」。白金を盗むトリックは、いかにも科学探偵ものと言える一作。

今までで最も強力な毒ガスを発見した遠藤信一博士が殺害された。毒ガスの製法を書いた紙は博士以外にはわからず、欧米諸国のスパイが狙っていたのだが、逮捕されたのは文学好きの息子。俊夫君は博士の遺体を診、特に立派な八の字の口髭を熱心に調べた。「髭の謎」。警察が調べればわかっただろうという謎だが、それを少年探偵が見てもわかるようにして調査が大事だという工夫がなされている点はうまい。

「Pのおじさん」こと、警視庁の小田刑事は、俊夫君の事務所兼実験室に、5日前に見つかった頭蓋骨をもってきた。衣服から2年前に失踪した不良少年であることがわかる。彼は当時、同級生とそれぞれ50円ずつを持ち出したまま行方不明になっていた。警官は少年の母親が継母であることから嫌疑をかけ、厳しく訊問して白状させた。しかし継母の従兄妹である小田刑事は冤罪であると思い、俊夫君に調査を依頼する。「頭蓋骨の秘密」。日本で初めての復顔術を俊夫君が行う話。ただ復顔術を行うだけでなく、それを基に犯人を誘き出すという探偵小説らしい仕掛けも入っているのはさすが。

山田留吉という15歳ながらも3歳以下の知恵しか持たない少年の母親が、家に忍び込んだ強盗に絞殺された。現場に残された手拭いから、村のならず者の信次郎が逮捕されたが、信次郎にはアリバイがあった。困った小田刑事は俊夫君に依頼した。「白痴の智慧」。犯人を捕まえた後、俊夫君が「科学探偵とは、顕微鏡や試験管を使うことばかりを意味するのではありません。物事を科学的に巧みに応用して探偵することも科学探偵なのです」と語る通り、俊夫君は犯人に罠を仕掛け、自白を導き出す。

俊夫君は叔父さんから紫外線を発する水銀石英灯を買ってもらい夢中になる。そこへ小田刑事が現れ、昨夜電車に轢かれて死んだ身元不詳の男が持っていた手紙の暗号文を解いてほしいと知恵を借りに来る。水銀石英灯を使い、手紙に書かれていた住所の空き家を探すと、首飾りが出てきた。それは2週間前、銀座の宝石商の金庫から盗まれた時価八十万円の首飾りだったが、残念ながら模造品だった。「紫外線」。当然のことながら水銀石英灯が活躍するのだが、そこから犯人を推理するロジックはなかなかのもの。

俊夫君のところへ銀行の重役が訪ね、7歳の長男が誘拐され、拳骨団という組織から3万円の身代金を要求する手紙が届いた。後妻の頼みで警察に電話するのはやめ、代わりに俊夫君に捜査を依頼する。その夜、重役の家から俊夫君と助手の「兄さん」こと大野を迎えに自動車が来たが、俊夫君が車に乗った瞬間、車は走り去り、大野は殴られ気絶する。「塵埃は語る」。解放された俊夫君が、持ち帰った塵埃を顕微鏡で調べ、あっという間に犯人の住処を探し出す。ただ犯人については子供の証言から簡単にわかってしまったのはちょっと安易。

日本汽船会社員の小野龍太郎は、金銭上の関係から支配人の佐久間を殺そうと決心し、ピストルで佐久間を撃ち殺す。「玉振時計の秘密」。珍しい倒叙もの、それもフリーマンの形式と同じで、前半部で犯行が書かれ、後半で探偵がミスから犯人を捕まえる。大人が読めば一発でわかるだろうが、この時代で倒叙ものを少年探偵小説に組み込もうとした意欲は買える。

浅草Y町の株式仲買人が夜中に自宅で殺害された。妻は療養中で、手代と二人暮らしだったことから、警察は入口の格子戸の錠が何ともなっていないことと、格闘した形跡がないことから、知人が犯人だとして悪所狂いで借金のある手代を逮捕した。しかし手代は白状せず、物的証拠もないことから捜査は難航していた。俊夫君は小田刑事の依頼を受け、現場の写真を見ただけで犯人が左利きであると見破る。「現場の写真」。警察がここまで間抜けだとは思わないが、少年が大人の気付かない点を指摘して犯人を推理するという姿に、当時の読者は憧れたに違いない。それにしても犯人像はかなり意外。今の若い人ならわからないかも。

元高利貸しの老人が、寝間着のまま首を吊って死亡した。鍵がかかっていたことから自殺だと思われたが、老人には自殺する理由が無かった。警察は自殺だとして捜査を打ち切ろうとしたが、小田刑事は疑問を持ち、俊夫君に捜査を依頼する。「自殺か他殺か」。容疑者になり得る人物は一人しかおらず、俊夫君は尋問から容疑者が犯人であるという証言を引き出す。密室の謎は他愛もないが、尋問の方は時代劇物などでもよくみられる王道パターン。

俊夫君の家に、殺人の予告電話がかかる。中央局に確認して電話元を探り出すが、そこの家の美容術師の家には盗賊が忍び込み、麻酔剤を嗅がされて今まで眠っていたという。そして数時間後、小田刑事よりT劇場の女優が毒殺されたと連絡が入る。その女優は以前、高価な首飾りを盗まれて俊夫君に依頼し、俊夫君は犯人を明るみへ出すことなしに首飾りを取り返したことがあった。しかも女優の胸の上にあった名刺には、塚原俊夫と書かれていた。しかし俊夫君が小田刑事とともに現場へ行くと、見張りの二人の警察官は眠らされ、遺体は消えてなくなっていた。「深夜の電話」。暗号もので、科学探偵らしいキーが出てくる。最後に科学探偵では解きようのない謎が明かされている点が面白い。

上野の奥にある三つの寺、法光寺、東泉寺、福念寺の一つ、東泉寺の寺男が石塔の前で男の死体を発見した。駆け付ける俊夫君たち。殴られた跡があるが、メリヤスのシャツとズボン下以外は奪われていたため、遺体の身元がわからない。捜査の結果、男が直前に洋食屋に寄っていたことが分かる。その洋食屋ではもう一人の男と食事をしており、偶々名刺を落としていた。その名刺には歯科医の名前があったが、その歯科医はすでに震災で焼死していた。「墓場の殺人」。俊夫君曰く「最も骨を折った事件の一つ」とのこと。6回に分けて連載された、本シリーズで最も長い一編。途中で読者の挑戦らしき文言が出てくる。もっとも言うほど苦労しているとも思えないし、推理らしい推理もない事件ではあったが。

東京湾において行われた海軍大飛行演習で、3日連続飛行士が墜落して死亡した。「不思議の煙」。パウル・ローゼンハイン「空中殺人団」の焼き直しではないかと指摘を受け、中絶。科学的なトリックが使われていたようなので、中絶は非常に残念。<参考作品>として、その「空中殺人団」も収録されている。確かに似たような事件が起き、ジェンキン探偵がその謎を解く。汽船の煙突の煙が一つだけ違うという設定も同じなので、偶然の一致というには似すぎなのも事実。ローゼンハインはドイツの探偵作家で、ジョー・ジェンキンズ探偵シリーズがあるとのこと。

「評論・随筆篇」では以下を収録。「科学的研究と探偵小説」「『少年科学探偵』序」「『小酒井不木集』はしがき」を収録。『少年科学探偵』は本書の塚原俊夫シリーズ六編を収めた短編集で、1926年12月、文苑閣より発売された。『小酒井不木集』は1928年3月に発売された平凡社の「現代大衆文学全集」第七巻に収録されたものである。ちなみに「私の最も力を注いだ探偵小説」として収録されているのは、「疑問の黒枠」「恋愛曲線」「肉腫」「難題」「痴人の復讐」「遺伝」「手術」「卑怯な毒殺」「印象」「秘密の相似」「安死術」「暴風雨の夜」「猫と村正」「メヂユーサの首」「死の接吻」「直接証拠」「三つの痣」「人工心臓」「通夜の人々」「ふたりの犯人」「呪はれの家」「謎の咬傷」「愚人の毒」「龍門党異聞(探偵劇)」「虹色ダイヤ」「暗夜の格闘」「髭の謎」「頭蓋骨の秘密」「白痴の智慧」「紫外線」「塵埃は語る」「玉振時計の秘密」が収録されている。

2004年7月、刊行。



珍し所を集めている論創ミステリ叢書だが、小酒井不木集は子供の科学社(後に誠文堂子供の科学社と変わる)から出版されていた『子供の科学』に1924年12月号〜1927年2月号、及び1928年1月号〜12月号、『少年倶楽部』に不定期掲載された少年探偵塚原俊夫シリーズを全作品収録している。「現場の写真」「深夜の電話」「不思議の煙」は単行本初収録である。

主人公である塚原俊夫は12歳(多分数えだよなあ)だが、6歳の時に三角形の内角の和が二直角になることを発見するなど頭が良く、尋常二年で中学程度の学識があった。文学よりも科学が好きで、遊星の運動を説明する模型は特許になるほど。結局小学校を中途で辞め、独学で勉強することに。叔父の影響で探偵小説が好きになり、科学探偵になる決心をする。三年で動物、鉱物、植物学、物理、化学、医学の知識を学び、通じるようになる。自宅の横に小さい実験室を建ててもらい、毎日夜遅くまで実験をしているが、事件解決が評判となり、毎日数人の事件依頼者が来るようになる。しかし腕ずくでは犯罪者にかなわないので、両親が雇ったのが、柔道三段の大野で、本シリーズのワトスン役。さらに警視庁の小田刑事、通称「Pのおじさん」が俊夫の手足となって働いたり、難しい事件を持ち込んだりする。

児童向けの探偵小説の金字塔である江戸川乱歩の少年探偵団シリーズ(1937〜1962)より以前に書かれていたのが本書、塚原俊夫シリーズ。単行本としてまとめられたり、選集にも収録されているため、目を通した事がある人は当時は多かっただろう。しかも「紅色ダイヤ」は作者の創作処女作であるし、シリーズは作者が無くなる数か月前まで断続的ではあるが連載が続いている。よほど思入れが深いのか、『小酒井不木集』にも収録されており、作者自身が「少年諸君のために書かれたものでありますけれど、大人の方々にもきっとお気にいるだろうと信じます」と書いている。

どちらかと言えば医学知識を用いた変格物が多い作者が、少年ものとはいえこのようなストレートな本格探偵小説を書いていたことに驚き。内容的にはフリーマンのソーンダイク博士の子ども版といった印象もある。そのせいかと言っては失礼だが、活劇シーンが多かった少年探偵団シリーズあたりと比べると、かなり地味。いくら退屈だからといって、事件があったと喜ぶのもどうかと思う。結局万能の探偵が失敗らしい失敗もないまま事件を解決するため、子どもたちが求める冒険心が欠けているのが残念。中ヒット程度だろうが、現代まで人気が続かず、忘れ去られたのはそういった点だろう。

だからと言って、歴史の流れに埋もれさせるのは惜しいシリーズ。編者の横井司もかなり力を入れたのか、中絶作品に加え、その焼き直しと指摘された元作品まで収録しているのだから、大人の読者にはたまらない。作者が言うように、大人が読んでも鑑賞に耐えられるだけの作品がそろっている。