平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

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佐々木譲『警官の血』上下(新潮文庫)

警官の血 上 (新潮文庫)

警官の血 上 (新潮文庫)

 
警官の血 下 (新潮文庫)

警官の血 下 (新潮文庫)

 

  昭和二十三年、警察官として歩みはじめた安城清二は、やがて谷中の天王寺駐在所に配属される。人情味溢れる駐在だった。だが五重の塔が火災に遭った夜、謎の死を遂げる。その長男・安城民雄も父の跡を追うように警察学校へ。だが卒業後、その血を見込まれ、過酷な任務を与えられる。大学生として新左翼運動に潜りこめ、というのだ。三代の警官の魂を描く、空前絶後の大河ミステリ。 (上巻粗筋紹介より引用)
 安城民雄は、駐在として谷中へと還ってきた。心の傷は未だ癒えてはいない。だが清二が愛した町で力を尽くした。ある日、立てこもり事件が発生し、民雄はたったひとりで現場に乗り込んだのだが―。そして、安城和也もまた、祖父、父と同じ道を選んだ。警視庁捜査四課の一員として組織暴力と対峙する彼は、密命を帯びていた。ミステリ史にその名を刻む警察小説、堂々たる完結篇。(下巻粗筋紹介より引用)
 『小説新潮』2006年6月号~2008年8月号連載。2008年9月、新潮社より単行本刊行。2008年、日本冒険小説協会大賞受賞。2010年1月、新潮文庫化。

 

 警察官三代にわたる大河ミステリ。実際に起きた事件が中心に絡まり(谷中五重塔放火心中事件、大菩薩峠事件、東アジア反日武装戦線、稲葉事件等)、外にも帝銀事件、荒川バラバラ殺人事件、オウム事件、神戸連続児童殺傷事件等の事件が出てくる。この手の大河ミステリになると、メインとなる未解決事件があるのだが、本作品では初代となる安城清二が五重塔放火心中事件の際に謎の死を遂げた事件が核となる。とはいえ、二代目が証拠を集め、三代目が解決する、という単純な話ではないところが本作品の絶妙なところ。初代、二代目、三代目ともに警官となるのだが、性格が違う。もちろん二代目は、新左翼運動にスパイにもぐりこんだ影響で心に大きな傷を負っているが、それを抜きにしてもこれだけ性格が違うと、本当に血がつながっているのかと聞きたくなってしまう。これもまた時代に付き添った結果なのだろうか。
 物語自体は面白いのだが、連載のせいか、首をひねる部分が多い。特に二代目、民雄の妻・順子があれだけ暴力を受けながらも民雄のそばを離れなかった理由がわからない。初代の妻・多津はちょこちょこ出てくるが、順子の描写はほとんどなく、心情が語られることはない。三代目・和也の妹である奈緒子に至っては、存在すらもほとんどない状態。この作品、女性側の心理描写がほとんどない。「警官の魂」を描くなら、それを支えてきた人物の視点や声を必要だと思うのだが、どうだろうか。
 物語自体も、二代目までは丁寧に描かれていたが、三代目のパートはかなりの駆け足。初代、二代目と三代目の性格の違いがどうしても結びつかない。こういう人物にしてしまってよかったの?と作者に聞きたくなった。
 骨太の作品とはいえるけれど、最後がすっきりしない作品。連載後、もう少し加筆修正してもよかったんじゃないだろうか。そうすればより重厚な作品になったと思う。