平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

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辻真先『たかが殺人じゃないか 昭和24年の推理小説』(東京創元社)

たかが殺人じゃないか (昭和24年の推理小説)

たかが殺人じゃないか (昭和24年の推理小説)

  • 作者:辻 真先
  • 発売日: 2020/05/29
  • メディア: 単行本
 

  昭和二四年、ミステリ作家を目指しているカツ丼こと風早勝利は、名古屋市内の新制高校三年生になった。旧制中学卒業後の、たった一年だけの男女共学の高校生活。そんな中、顧問の勧めで勝利たち推理小説研究会は、映画研究会と合同で一泊旅行を計画する。顧問と男女生徒五名で湯谷温泉へ、修学旅行代わりの小旅行だった――。そこで巻き込まれた密室殺人事件。さらに夏休み最終日の夜、キティ台風が襲来する中で起きた廃墟での首切り殺人事件! 二つの不可解な事件に遭遇した勝利たちは果たして……。著者自らが経験した戦後日本の混乱期と、青春の日々をみずみずしく描き出す。『深夜の博覧会 昭和12年の探偵小説』に続く"昭和ミステリ"第二弾。(粗筋紹介より引用)
 2020年5月、書き下ろし刊行。

 

 出版されていたことは知っていたが、当時は忙しかったこともあり、ノーマーク。まさかこのミス、文春、みすよみで第1位を取るとは思わなかった。慌てて購入することにした。
 舞台は名古屋市で、主要登場人物は料亭の息子で新制高校三年生の推理小説研究会の部長・カツ丼こと風早勝利、実家は老舗のパン屋で映画研究会の部長・トーストこと大杉日出夫。没落子爵家の娘である姫こと薬師寺弥生、推理小説界研究会の級長こと神北礼子、そして上海からの引揚者で両方の研究会に入る転校生のクーニャンこと咲原鏡子、の合計5人。そして二つの研究会の顧問であり家系は尾張徳川家の別式女であるの巴御前こと別宮操。探偵役は那珂一兵で、こちらは辻作品のレギュラーキャラクターである漫画家。本作品ではまだ映画館の看板絵描きである。スターシステムを今でも採用しているところは嬉しい。前作を読んでいないのでよくわからないが、那珂一兵、操、そして県警本部の犬飼警部補は前作にも出ていたようだ。そのことを知らなくても素直に読むことはできたが。
 制度の移行期で、旧姓中学生卒業者が一年だけ高校三年生になるという措置が取られていたことは全く知らなかった。戦後日本の混乱期ならではのエピソードだ。「男女七歳にして席を同じゅうせず」の時代の子供たちがいきなり共学になるというのだから、驚きだろうなあ。
 そういう時代の青春学園ミステリという、今考えてみると珍しい設定なんだろうと思う。戦争という狂乱と暗黒の時代、そして戦後すぐの荒廃した時代を通り過ぎつつも、はつらつした若さは抑えきれないという、複雑だが純粋な時代のような気がする。自身も知っている時代だからか、描写が臨場感に溢れているのはさすが。それでいて高校生の描写が瑞々しいのはなんでだろう。とても88歳の筆とは思えない。
 トリックや動機が当時の時代と密接に絡んでいるところはうまいし、それでいて冒頭から結末までの作者ならではの遊び心は、変な言い方だが「雀百まで踊り忘れず」だなあと微笑ましくなってしまった。伏線の張り方は見事だし、表題も章タイトルも考え抜かれているし、本格ミステリの技巧を隅から隅まで楽しめる作品になっている。さらに、物語として胸打たれるものもある。凄いね。88歳で代表作を書いてしまうところが本当に凄い。
 面白かったし、素直に感心しました。これは前作も読まないとならないな。来月に文庫本が出るからすぐに購入しよう。それに次作も楽しみ。次作も本作の登場人物の誰かが出るのかな。それに探偵小説→推理小説と来ると、次はミステリ? 風早勝利が作家になっていると面白いだろうな。彼らの後日譚を読んでみたい。
 どうでもいいが、風早勝利が誰かのアナグラムになっているのじゃないかと思って並び変えてみたことは内緒だ。