平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

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羽生飛鳥『揺籃の都』(東京創元社 ミステリ・フロンティア)

 治承四年(一一八〇年)。平清盛は、高倉上皇や平家一門の反対を押し切って、京から福原への遷都を強行する。清盛の息子たち、宗盛・知盛・重衡は父親に富士川の戦いでの大敗を報告し、都を京へ戻すよう説得しようと清盛邸を訪れるが、その夜、邸で怪事件が続発する。清盛の寝所から平家を守護する刀が消え、「化鳥を目撃した」という物の怪騒ぎが起き、翌日には平家にとって不吉な夢を喧伝していた青侍が、ばらばらに切断された屍で発見されたのだ。邸に泊まっていた清盛の異母弟・平頼盛は、甥たちから源頼朝との内通を疑われながらも、事件解決に乗り出すが……。第四回細谷正充賞を受賞した話題作『蝶として死す』に続く、長編歴史ミステリ―。(粗筋紹介より引用)
 2022年6月、書下ろし刊行。

 

 前作『蝶として死す』でスマッシュ・ヒットを飛ばした作者の、初の長編ミステリ。前作と同様、平清盛の異母弟であり、父忠盛の正室の子である平頼盛が主人公である。
 前作が第四回細谷正充賞を受賞としたとあるが、聞いたことがなかったのでどんな賞かと調べてみると、一般社団法人文人墨客が主催で、前年の9月からその年の8月に刊行された本を対象に、文芸評論家の細谷正充が選んだ5作品が対象とのこと。申し訳ないが、初めて聞いた。
 平清盛が福原に遷都していた時期の話。粗筋紹介に書かれている事件に加え、清盛の飼い猿である福丸が殴り殺される、さらに消えた守護刀の小長刀を取り上げた神から返してもらうべく、祈祷所で祈っていた七歳の小内侍が翌朝、逆さ吊りにされて重体となる事件も発生。なぜか祈祷所からは頼盛が使う香の匂いが濃厚に残っていた。しかし、小内侍が吊るされたと思われる時間帯は、頼盛は甥の宗盛・知盛・重衡と祈祷所の前で食事をしながら出てくるのを待っていたし、その後は寝所にいて部屋を出なかったのは、警護をしていた蝙蝠衆が確認している。祈祷所の周りの雪には足跡一つなく、さらに警護隊も見張っていた。そして祈祷所の扉には、清盛が書いて封をした札が貼られたままになっていた。
 複雑怪奇、さらに不可能犯罪が同時かつ立て続けに発生。話し合いや調査によってそれぞれの行動や持ち物を覚書に書き記す、本格ミステリ特有の事件のまとめ書きも使われる。トリックそのものは既存の応用であるが、平安時代という舞台ならではの脚色が、読者の目くらましとなっている。それぞれの会話や覚書の中に、謎を解く重要な手掛かりが隠されている、フェアプレイに徹した謎解き。さらに頼盛と知盛との推理合戦。これでもかというばかりの、本格ミステリのガジェットがそろっている。そして元々清盛に疎んじられていることに加え、挙兵した源頼朝と繋がっているのではないかと一門から疑われている四面楚歌の状況で、一つ間違えれば清盛たちに犯人との濡れ衣を着せられるタイムリミットサスペンスの面白さも加わっている。
 さらに、史実が物語の中に絶妙に織り込まれている。家来も含めた実在の登場人物に加え、厳島大明神の小長刀(宝刀)といった小道具、さらに知盛が「万死に一生」の重病となったことや重衡が琵琶を弾くなど、当時の日記や歴史書、軍記物語に書かれているエピソードも巧みに盛り込まれている。在学中は日本中世史を専攻し、平頼盛を研究対象にしていたという作者でなければ、ここまで書けなかったであろう。清盛たちはこういう人物だったのだろう、と読者に納得させてしまう人物描写も見事。私たちが頭の中に浮かべている人物像に、作者の知識に基づいた創造部分が巧みにブレンドされているところが凄い。そして、歴史ミステリならではの面白さも控えているのだ。よくぞここまで考え抜いたものだ。文体が軽いという人がいるかもしれないが、これはあえて読みやすくした結果だろう。
 前作で完結している平頼盛を主人公にしたということでそれほど期待はしていなかったが、良い意味で裏切られた。あえて書かなかったところも含め、歴史ミステリと本格ミステリが濃厚にブレンドされた傑作。今年のミステリベスト候補間違いなし。