平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

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羽生飛鳥『蝶として死す 平家物語推理抄』(東京創元社 ミステリ・フロンティア)

  寿永二年(一一八三年)。源氏の木曾義仲軍から逃れるため、平家一門は都を捨て西国に落ち延びた。しかし、異母兄・清盛に疎まれ、折り合いが悪かった平頼盛は一門と決別。義仲の監視を受けながらも、妻子やわずかな家人と共に都に留まっていた。そんな頼盛に、彼が一門きっての知恵者であると聞きつけた義仲は、意外な頼み事を申し入れてきた――「三月前の戦で落命した恩人・斎藤別当実盛の屍を、首がない五つの屍から特定してほしい」。恩人を弔えぬのは武将の恥、断れば頼盛を討ち、己も自害すると義仲に押し切られ、頼盛は難題に挑むことにするが……。『平家物語』や謡曲『実盛』にも取り上げられている実盛の最期を題材にした、第十五回ミステリーズ!新人賞受賞作「屍実盛(かばねさねもり)」ほか、全五編収録。
清盛が都に放った童子は、なぜ惨殺されたのか? 高倉天皇の庇護下にあったはずの寵姫は、どのようにして毒を盛られたのか? 平家の全盛期から源平の争乱へとなだれ込んでゆく時代に、推理力を武器に生き抜いた頼盛の生涯を描く、歴史ミステリ連作集。(粗筋紹介より引用)
 2018年、第十五回ミステリーズ!新人賞受賞作「屍実盛」を含む短編五編を収録。2021年4月、刊行。

 

 作者は本作でミステリデビューだが、2010年に齊藤飛鳥名義で『おコン草子』で児童文学作家としてデビューし、著書が数冊出版ある。またミステリーズ!新人賞応募時も齊藤名義であり、本作品集出版時において羽生飛鳥(はにゅうあすか)と改めている。同名のアイドルが乃木坂46にいるからその名前を借用したのかな、と思ったら、乃木坂46の方は2011年結成だから、こちらの方が早かった(Wikipediaを見ると子役で2007年にデビューしていたようだけど、有名だったとは思えないので、無関係と考えた方がよさそう)。
 平清盛が情報収集に放っていた禿髪の一人が野犬に食われて死んでいるのが見つかった。しかし駆けつけて死体を検分した平頼盛は、禿髪の首に絞殺された跡を見つける。前年に異母兄の清盛から解官されていた頼盛は、朝廷への復帰を目指すべく、犯人捜しに挑む。第十四回ミステリーズ!新人賞最終候補作「禿髪(かぶろ)殺し」。なぜ死体をすぐ近くの古井戸に捨てなかったのかという疑問から、犯人を探し当てるまで過程も面白いが、むしろ見事と思ったのはその後の展開。在りがちな話だけど、実在の人物たちをこれに絡めたのは巧い。
 治承三年の政変で平頼盛は、平家一門の重鎮で唯一解官されてしまった。池殿流平家の存続の危機に立たされていた頼盛はある日、高倉天皇の方違え先に香の講義をしてほしいと招かれる。しかし高倉天皇の真意は、寵愛していた葵前が毒殺された方法を、知恵者の頼盛に解いてほしいということであった。葵前が務めていた中宮平徳子)、もしくは清盛の手によるものなのか、違うのか。書き下ろし、「葵前(あおいのまえ)哀れ」。前作から十年後の話。毒殺の真相自体は既存の作品にあるのだが、伏線を張りつつこの時代に移植したその腕はなかなかのもの。さらに解決後の流れは、連作短編集ならではのものでもあり、思わず唸ってしまった。
 表題作「屍実盛」は、謡曲『実盛』の後日談みたいな遺体探しミステリ。史実、というかちゃんと『平家物語』の流れに沿っての話であり、かつ史実を使ったうまい解決方法となっている。単独短編としても面白いが、こうやって連作短編集の一辺として読むと、また違った面白さが浮かび上がってくる。
 かつて助けた源頼朝を頼り息子たちと鎌倉に入った頼盛は、頼朝に歓迎されて相模国府でのんびり過ごしていた。ある日、頼朝に呼ばれた頼盛は、源義仲の嫡男で人質でもあった十二歳の義高が逃亡を図ったため殺され、婚約者であり頼朝の長女である六歳の大姫は病床に付していたことを知る。そして頼朝が西侍で義高の話をしていると、御所を挟んだ小御所で寝ていたはずの大姫が頼朝のもとに現れて、義高の話をしていた頼朝を責めるようになったという。遠く離れた部屋にいるはずの大姫はどのようにして話を知ったのか。『ミステリーズ』vol.101掲載、「弔千手(とむらいせんじゅ)」。頼盛亡命時の事件である。一族でも争わなければならず、そして自らのような存在を無くすために敵方の一族を殺さざるを得ない頼朝の苦悩が浮かび上がる作品。本作品中では、ミステリ味が一番少ないか。
 頼朝と義経が対立し、義経に加担した後白河法皇と朝廷の責任を追及するため、北条義時は上洛した。しかし義時の使命はもう一つあった。平家の残党狩りである。密告が続き、関係があるかわからない子供も処刑された。そしてある日、義時は八条にある池殿流平家の本宅を訪れ、頼盛と対面する。次男の為盛は二十歳を超えているはずなのにどう見ても十二、三にしか見えない。しかも為盛は源義仲と平家が戦った倶利伽羅峠で討ち死にされており、さらに峠には為盛の塚もある。ここに居る為盛の正体は、清盛の直系の曾孫、六代君(平高清)である。しかし頼盛はそれを否定し、その証拠を準備するという。書き下ろし「六代(ろくだい)秘話」。ミステリとしてはちょっと弱いが、連作短編集の最後として読む分には面白い。
 いずれの作品も『平家物語』に沿った話となっており(参考文献の量がすごい)、その中に隠れた物語として、壇ノ浦で平家が滅亡後も、清盛の男兄弟で唯一生き残った平頼盛が、知恵者として自ら生き延びる姿を描いている。タイトルは、己が清盛の手の内で這う芋虫と自嘲しながら、いつかは蝶となって空に飛び立つと決意するところからきている。
 正直、平頼盛といわれてもまったくわからず、読了後に思わずWikipediaで調べてしまいましたが、とても面白そうな人物。なんといってもあの猜疑心の塊みたいな源頼朝(まあ、権力者って権力を握ると大体こうなるけれど。劉邦みたいに)に厚遇されたという点で凄い。何度失脚しても、そのたびに立ち上がる姿は本当に見習いたくなる。
 『平家物語』=史実として話すけれど、史実を外さず、頼盛が知恵者として一族を残そうとする姿を描き切った点がすごい。そもそもまともな捜査などないような時代でミステリを成り立たせようとする発想がすごいし、それを完成させる筆力とアイディアが見事。既存のトリックが多いし、単純な謎解きもあるけれど、時代と設定を変えるだけでこんなに面白くなるものだと知り驚いた。
 そもそも『平家物語』が有名ということもあるだろうけれど、時代背景の説明もわかりやすいし、すんなりと頭に入ってくる。平家や源氏って似たような名前の人が多いが、そこもちゃんと交通整理されていて、読者を惑わせない。そして史実の角度をちょっとだけ変え、一つプラスするだけでこんな面白い物語が出来上がった。感嘆するしかない。これは色々な人にお勧めしたい。歴史ミステリが苦手な人でも、すんなりと面白く読めるはず。
 インタビューで密室物のプロットがありながらも断念していたと言っているが、本作品集に密室はなかったよなあ。これはぜひ読んでみたい。