平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

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佐藤究『テスカトリポカ』(KADOKAWA)

 メキシコのカルテルに君臨した麻薬密売人のバルミロ・カサソラは、潜伏先のジャカルタで日本人の臓器ブローカーと出会った。二人は新たな臓器ビジネスを実現させるため日本へ向かった。川崎に生まれ育った天涯孤独の少年、土方コシモは、バルミロに見いだされ、知らぬ間に彼らの犯罪に巻きこまれていく。海を越えて交錯する運命の背後に、滅亡した王国(アステカ)の恐るべき神の影がちらつく。人間は暴力から逃れられるのか。誰も見たことのない、圧倒的な悪夢と祝祭が、幕を開ける。(帯より引用)
 『カドブン・ノベル』2020年12月号に第一部掲載。第二部以降を書き下ろし、2021年2月、単行本刊行。同年、第34回山本周五郎賞受賞、第165回直木賞受賞。W受賞は2004年、熊谷達也『邂逅の森』(文藝春秋)以来17年ぶり。

 

 分厚くてなかなか手に取る勇気がなかったのだが、遠方出張が入ったので新幹線の中で読もうと発奮。
 主人公って誰なんだろう。メインとなるのは次の二人。メキシコからの密入航者の母と暴力団幹部の父を持つ少年、土方コシモ。メキシコの麻薬密売のカルテル、ロス・カサソラスの幹部で、他組織につぶされて復讐を誓うカサソラ四兄弟の三男バルミロ・カサソラ。他にもカサソラ四兄弟の祖母で、アステカの儀式が受け継がれた村育ちのリベルタ。元天才心臓血管外科医で、新たな臓器ビジネスのアイデアを持っている末永充嗣。ドラッグ中毒の元保育士、宇野矢鈴。ペルー人の父と日本人の母を持つナイフ作りの天才、座並パブロ。個性的な人物たちが次々と登場する。
 これらの登場人物の経歴が時には手短に、時には生から詳細に書かれて平行に進むものだから、いったい何が軸になっているのかわからないまま、ページが進んでいく。圧倒されてしまう暴力とドラッグの渦。それでも目を離すことができない魅力が物語から生まれてくる。
 メキシコから逃れたバルミロが新たな臓器ビジネスに乗り出すまでの過程については、所々で簡単すぎるぐらいの文章で流される部分があるので、実際にここまでスムーズに進むとは思えない。だけど読んでいる分には、そんなことはどうでもいいのだ、というぐらいに面白い。ただし、人によっては冗長と感じる部分があるのも事実で、これは好みだろうと思う。
 タイトルの“テスカトリポカ”とは、永遠の若さを生き、すべての闇を映しだして支配する、「煙を吐く鏡」という神である。アステカ文明・神話と現代が絡み合う暗黒物語。ただ、結末に至る流れは、思っていたストーリーと違う残念な方向だった。今まで積み重ねてきたものは何だったのか、と言いたくなるのだが、文明の終わりって考えてみるとこんなものだよな。そういう歴史的事実をあえて現代に投影したのかもしれない。
 もうちょっと暴走癖を押さえてもらえると、もっと面白くなるんだよな、と思いながらも、この行き過ぎたストーリーこそが作者の魅力なんだろうと感じてしまう。読者を選ぶ作品ではあるが、楽しめて満足。