平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

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古処誠二『いくさの底』(KADOKAWA)

 戡定後のビルマの村に急拵えの警備隊として配属された賀川少尉一隊。しかし駐屯当日の夜、何者かの手で少尉に迷いのない一刀が振るわれる。敵性住民の存在が疑われるなか、徹底してその死は伏され、幾重にも糊塗されてゆく――。善悪の彼岸を跳び越えた殺人者の告白が読む者の心を掴んで離さない、戦争ミステリの金字塔!(帯より引用)
 『小説すばる』2016年11月号掲載作品を加筆修正のうえ、2017年8月、KADOKAWAより単行本刊行。2017年、第71回毎日出版文化賞(文学・芸術部門)受賞。2018年、第71回日本推理作家協会賞(長編および連作短編集部門)受賞。

 

 戦争小説を書き続ける筆者が日本推理作家協会賞などを受賞した代表作。
 第二次大戦中期びビルマ戡定後、北部シャン州にあるヤムオイ村で、重慶軍の侵入を防ぐために編成された賀川少尉が率いる警備隊。日本兵にも好意的な村で、到着したその夜に賀川少尉がダア(ビルマの鉈)で殺害された。民間企業である扶桑綿花の社員で、シャン語の通訳として将校待遇の軍属として行動を共にしている依井の視点を通して事件は語られる。
 戦争中の物語ではあるが、日本軍が有利な時期でもあり、特に悲壮感はない。あくまで戦地で起きた殺人事件の謎を解く物語である。戦時下であることを感じさせるような控えめな文体が、やはり戦争中であることを漂わせるその書き方はさすがである。犯人も動機もわからない。そして徐々に村人が疑心暗鬼となり、雰囲気が変わっていく流れがうまい。犯人も動機も予想外なもので、やはりここは戦場であったことを思わせる仕上がりはさすがとしか言いようがない。
 なんといっても戦場と謎解きが機能的に結びついているところが素晴らしい。さらに謎解きの結果、戦争の悲劇があぶり出されていくのもお見事である。見事な構成力と筆致だ。感情を抑えていることにより、苦悩が浮かび上がる犯人の姿も読者の心を打つ。
 傑作といっていいでしょう。ただ作者には、初期のころの本格ミステリも書いてもらいたいと思っている。