平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

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荒木あかね『此の世の果ての殺人』(講談社)

 小惑星「テロス」が日本に衝突することが発表され、世界は大混乱に陥った。そんなパニックをよそに、小春は淡々とひとり太宰府で自動車の教習を受け続けている。小さな夢を叶えるために。年末、ある教習車のトランクを開けると、滅多刺しにされた女性の死体を発見する。教官で元刑事のイサガワとともに、地球最後の謎解きを始める――。(帯より引用)
 2022年、第68回江戸川乱歩賞受賞。加筆・修正のうえ同年8月、講談社より単行本刊行。

 

 乱歩賞史上最年少となる23歳での受賞。選考委員満場一致。しかも特殊設定下の殺人。絶対地雷だと思いながら読んでみたが、意外と地に足が着いた作品で驚いた。ここまで堅実に書かれると、逆にもう少しぐらい破天荒でもいいんじゃないか、と言いたくなってしまうのは、自分が天邪鬼な性格なんだろうな。
 小惑星「テロス」が2023年3月7日に熊本県阿蘇郡に衝突すると公表されてから、約4か月後の大宰府が舞台。母親は一人で逃げ出し、父親は一昨日に自殺。6歳下の弟は引きこもり。ほとんどの人は九州から逃げ出すか、自殺してしまい、残っているのはわずか。電気も水道もガスも使えない。スマートフォンが使えるエリアはごく一部。すでに公共機関は止まっている。確かに特殊設定下ではあるが、発展しすぎた未来や、なぜか飛ばされた異次元などと比べると、頭の中でも想像しやすい。特殊設定作品にありがちな、ご都合主義な設定もない。それだけでも点数を高くしてしまう。
 67日後には小惑星が衝突するのに、なぜか自動車の教習を受けている23歳の主人公、小春。そしてなぜか指導している元刑事で教官のイサガワ。二人の女性が見つけた、教習車のトランクに隠されていた女性の他殺体。二人は犯人探しを始めると、それが連続殺人であることが判明する。
 まずは人物の描き方がいい。正義感が暴走しがちなイソガワ。達観しているようで、実は弟思いな小春。どことなく奇妙な二人のやり取りが面白く、そしてどちらにも共感してしまった。他に、事件の捜査の途中で遭遇する人たちの描き方もうまい。この特殊状況化ならではの行動と心理がよく描かれている。
 作品のテンポも悪くない。所々で説明の冗長さを感じるところはあるが、大した傷ではない。単なる犯人探しに終わらない展開は、よく構成されている。終末ものなのに、読後感もよいというのも、作者の腕だろう。ここまでくると、作者は本当に23歳だったのか、疑りたくなるぐらい、落ち着いている。
 連続殺人事件の謎については、ちょっと肩透かしに感じる人がいるに違いない。とはいえ、意外性を求めるのは間違いなのだろう。そういう乱歩賞ならではのあざとさは、この作品には不要である。
 ただ、傑作かと聞かれるとちょっと答えにくい。いい作品であることは間違いない。受賞するのは当然と言っていいだろう。決して「無難にまとまっている」だけの作品ではない。だが、満腹には届かない、腹八分目の面白さではあった感じがある。
 ミステリの受賞作者へ向かってこういう風に言い切ってしまうことが正しいのかどうかわからないが、将来はミステリから離れていくような気がする。この作品の欠点は、ミステリならではの「何か」が足りないところだったと思う。ミステリを読んでいるときのワクワク感が、なぜか感じられなかった。