平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

漂泊旦那の日記です。本の感想とサイト更新情報が中心です。偶に雑談など。

横溝正史『完本 人形佐七捕物帳 十』(春陽堂書店)

 横溝正史が愛惜をもって描いた時代劇調ミステリシリーズ―江戸を舞台に、人形のような色男である佐七が繰り広げる推理劇。
 第十巻は昭和29~35年に各誌に掲載された作品計10本と、昭和43年に金鈴社から出版された『新編人形佐七捕物文庫』に過去作品を改変して書き下ろされた4本を収録。さらに、長編化を想定して改稿中の長編版「番太郎殺し」(草稿)と長編版「狒々と女」(草稿)を収録。
 伝奇色の濃い「三人色若衆」、胴体を持ち去る謎の本格ミステリ作品「福笑いの夜」などはあるものの、正直読んでいても楽しめない作品もある。

「梅若水揚帳」みたいな作品は、佐七もので読みたくなかったというのが本当のところ。これが発表順だと最後になってしまうというのは悲しい。編者もさすがにそれは考え、当初は全一三巻完結だった『人形佐七捕物帳全集』(春陽文庫)の掉尾を飾る作品として、最終作にふさわしい趣向が凝らされていることから、「浮世絵師」を最終作品にしている。「浮世絵師」は『お役者分七捕物暦』の「江戸の淫獣」の改変作品で、個人的にはこちらの方が好みだったが、改めて佐七最後の作品として読むとこれもまた通俗味がうまく混じった本格作品として仕上がっており、傑作と呼ぶのにふさわしい作品であった。
 本巻では長編化作品の草稿も収録されており、これがもし仕上がっていればどんな作品になっただろうかと考えると、実に惜しい。

 これで全十巻読み終わったわけだが、こうやって発表順で並べて読むと、春陽文庫版全集で読んだ時とは違った感想が出てくるのは我ながら面白い。特にキャラクターの深みがどんどん増してきて物語が面白くなっていくのがわかるし、戦時中や戦後すぐで色々と制約があったりしたことを想像すると作品の面白さも変わってくる。もちろん、後日に書き直したり書き足したりしている作品も多いわけだが、それでも発表順だから見えてくるものもある。当時はほとんど考えなかった、他主人公捕物帳の改変、由利や金田一作品からの転用や流用なども実に興味深い。そういうところも含めて読むと、また別の面白さも湧いてくる。まさに決定版となる全集だった。
 さらに今までは触れなかったが、横溝正史次女、野本留美氏の回想『人形佐七は横溝家(わがや)の天使』も各巻に掲載され、家族ならではのエピソードが面白い。できればいろいろと書き足して、一冊にしてくれないですかね。
 ということで、値段を見てちょっと躊躇していましたし、春陽文庫版も全巻読んでいるのでどうしようかと思っていましたが、購入、読了して正解でした。横溝正史ファンなら、ぜひ手に取ってみるべし。絶対に後悔はしない。