平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

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桜庭一樹『小説 火の鳥 大地編』上下(朝日新聞出版)

小説『火の鳥』大地編 (上)

小説『火の鳥』大地編 (上)

  • 作者:桜庭 一樹
  • 発売日: 2021/03/05
  • メディア: 単行本
 
小説『火の鳥』大地編 (下)

小説『火の鳥』大地編 (下)

  • 作者:桜庭 一樹
  • 発売日: 2021/03/05
  • メディア: 単行本
 

  一九三八年、日本占領下の上海。若く野心的な關東軍将校の間久部緑郎は、中央アジアシルクロード交易で栄えた楼蘭に生息するという、伝説の「火の鳥」の調査隊長に任命される。資金源は、妻・麗奈の父で、財閥総帥の三田村要造だという。困難な旅路を行く調査隊は、緑郎の弟で共産主義に共鳴する正人、その友で実は上海マフィアと通じるルイ、
清王朝の生き残りである川島芳子、西域出身の謎多きマリアと、全員いわく付き。そこに火の鳥の力を兵器に利用しようともくろむ猿田博士も加わる。苦労の末たどり着いた楼蘭で明らかになったのは、驚天動地の事実だった……。漫画『火の鳥』や手塚作品に数多く登場する猿田博士やロック、マサトたちと、東條英機石原莞爾山本五十六ら実在の人物たちが歴史を動かしていく!(上巻粗筋紹介より引用)
 間久部緑郎の義父で、三田村財閥の総帥でもある要造は、猿田博士が手にした強力な自白剤により、みずからの来歴を緑郎ら「火の鳥調査隊」に語り始める。そこで明かされたのは、火の鳥には現代の科学では考えられない特殊な力が存在しているという驚くべき事実だった! すでに日本国政府は、要造率いる秘密結社「鳳凰機関」の協力のもと、火の鳥の力を利用し、大東亞共栄圏に向けて突き進んでいるという……国家のためか、あるいはみずからの欲望のためか。戦争に邁進する近代日本の姿を描きながら、人間の生と死、愚かさと尊さを余すところなく描いた歴史SF巨編。朝日新聞「be」連載時から話題沸騰。大幅な加筆による完全版!(下巻粗筋紹介より引用)
 『朝日新聞』be 2019年4月6日~2020年9月26日連載。加筆修正のうえ、2021年3月、上下巻で単行本刊行。

 

 手塚治虫が1989年の舞台劇『火の鳥』のシナリオとして連載作品として準備しながらも、よりSF的にということでペンディングとなったアイディアで、シノプシス(下巻に収録されている)を基に桜庭一樹が小説化した。『野性時代』に「太陽編」の後に連載する予定だった「大地編」は幕末から明治時代が舞台の予定だったとのことなので、本作とは異なる。
 まずは、誰が書いても絶対「これは手塚の『火の鳥』じゃない」と絶対文句が来ることがわかっているのに、本書を執筆した作者に敬意を表したい。手塚の作風に近づけようとしている努力も認める。しかしそのうえで、あえて言う。「これは手塚の『火の鳥』じゃない」。
 まずはアイディアが古すぎる。「火の鳥」を使ってこれをやるというのは考えたな、とは思う。だけど正直言って、手垢のついたネタであるし、手塚自身も短編などで取り扱っている。少なくとも『火の鳥』でこんなネタを使わないだろう。しかも、似たようなやり取りが上巻終わりから下巻途中まで延々と続くので、読んでいてもやってられない。ただでさえ上巻の前半部分がだらだらした感じがあって読んでいて苦痛なのに、さらにこんなのが続くのかと思うと、やってられなくなった。自白剤で延々と告白するというのも、あまりにも陳腐である。
 ついでに言えば、さっさと火の中に入れてしまえばよかったんじゃないか。それで一件落着だろう。知らないはずがない。
 確かに愚かな戦争に突入する日本の描写は手塚っぽいのだが、それにしてももう少しうまく描いていただろう。『アドルフに告ぐ』を見ればわかるとおり、分かり切った歴史に新たな物語を挿入できるのが手塚の筆だ。残念ながら本作は、そこに到達していない。命というテーマを戦争に絡めようとした努力はわかるのだが。
 手塚なら、最後の火の鳥の復活シーンは絶対描かなかったはず……と思っていたのだが、これを書いているうちに「黎明編」でも戦中に復活していることを思い出した。だけど、やっぱり手塚なら描かなかっただろうな。火の鳥の「再生」にはふさわしくない。
 色々文句を書いているが、新しい火の鳥の一つを読んで懐かしくなったことは事実。だけど、手塚の「大地編」を読んでみたかった。