平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

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山本巧次『開化鉄道探偵』(創元推理文庫)

開化鉄道探偵 (創元推理文庫)

開化鉄道探偵 (創元推理文庫)

  • 作者:山本巧次
  • 発売日: 2021/02/12
  • メディア: 文庫
 

  明治12年晩夏。鉄道局技手見習の小野寺乙松は、局長・井上勝の命を受け、元八丁堀同心の草壁賢吾を訪れる。「京都―大津間で鉄道を建設中だが、その逢坂山トンネルの工事現場で不審な事件が続発している。それを調査する探偵として雇いたい」という井上の依頼を伝え、面談の約束を取りつけるためだった。井上の熱意にほだされ、草壁は引き受けることに。逢坂山へ向かった小野寺たちだったが、現場に到着早々、鉄道関係者が転落死を遂げ……。「このミステリーがすごい!」トップ10にランクインした、時代×鉄道ミステリの傑作。待望の文庫化。(粗筋紹介より引用)
 2017年5月、東京創元社 ミステリ・フロンティアより『開化鐵道探偵』のタイトルで書下ろし刊行。2021年2月、文庫化。

 

 このミスでランクインしてから初めて興味を持ちいつか買おうと思っていたのだが、文庫化されたのでこれ幸いとばかりに購入。もっと早く文庫化してくれよ。作者はてっきり新人だと思っていたけれど、第13回「このミステリーがすごい!」大賞隠し玉となった『大江戸科学捜査 八丁堀のおゆう』(宝島社文庫)にて、2015年にデビュー。以後、「八丁堀のおゆう」シリーズを何冊も書いていた。全然知らなかった。
 逢坂山トンネルの工事現場で起きた不可解な事件の謎を、腕利きの八丁堀同心だった草壁賢吾が謎を解く。設定そのものはシンプルだけど、背景が面白い。明治開化の鉄道事業の裏側も面白いし、当時のトンネル工法も現代と比べると非常に興味深い。専門的な部分もかみ砕いて説明されているのでわかりやすい。これも不勉強で恥ずかしいのだが、井上勝という人物も全然知らなかった。ちょっとだけ検索してみたが、気骨のある人物だったらしい。本作でもそんな井上の豪快さと頼もしさが前面に出てくる。生野銀山の工夫頭だった植木伊之助や雇われ機関士のウィリアム・カートライトのプロフェッショナルぶりも読んでいて清々しい。重要人物とその他の人物の描写にちょっと差を感じるのは仕方がないが、もうちょっと筆を入れてくれれば、ミステリとしても厚みが出てくるのにとは思った。
 事件の謎自体はそれほど難しいものではないが、時代背景をうまく織り込んでいることと、最後に犯人を追い込むロジックはシンプルだがなかなかのもの。草壁が何もかも知っていますというような顔をしているところがマイナスポイントかな。ワトソン役は間抜けなものというのは相場が決まっているが、小野寺がちょっと可哀そうになった。
 傑作まではいかないけれど、「快作」という言葉がぴったりくる作品。明治ならでは、そして鉄道建設現場という特殊性がうまく織り込まれ、時代小説としてもミステリとしても楽しめる作品。続きも夏に文庫化されるようなので、読んでみたい。