平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

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高原弘吉『まぼろしの腕』(新潮ポケット・ライブラリ)

  九月八日は土曜日、ジャガースのフランチャイズ球場であるH球場のナイター、対ユニオンズ二十回戦は、満員の観客を集めていた。イーグルズ球団所属のベテランスカウト津川も密かな目的のためにこの球場に来ていた。
 K工業高校のエース浦上をめぐる激しいスカウト戦がジャガース球団の千々和スカウトとの間に起こっていたのだが、千々和がある取引きのために指定する場所で会いたいというのだ。その場所へは今日このナイターで三塁側内野スタンドの中央で赤いネッカチーフを被った若い女が案内してくれることになっていたのだが……
 翌日、H球場の西側およそ百メートルの松林の中で千々和スカウトの死体が発見された。……
 「あるスカウトの死」によって第一回「オール読物」推理小説新人賞第一位を得た著者が、受賞後初めて書下ろした本格推理長編。
 巧妙なトリックによって殺人容疑者にされた一人のスカウトの必死の真犯人追及を新鮮な構想とスタイルで描いた野心作。(粗筋紹介より引用)
 1963年6月、書き下ろし刊行。

 

 「あるスカウトの死」は結構面白かったが、長編はほとんど書いていないはず。そう思って国会図書館のページで調べてみると、20冊近く出版していた。しかも1981年まで。自分の記憶も当てにならないものだ。
 本作は第一回「オール読物」推理小説新人賞受賞後の長編第一作。気合が入っているのわかるのだが、読んでみるとちょっとちぐはぐ。まだドラフト制度がなく、直接選手と契約していた時代だから、スカウトの暗躍も多かったのだろうと思う。だからこそ、スカウトをめぐっての殺人事件ですら起こってもおかしくはないと思うのだが。正直言って、警察の動きが鈍すぎる。短編ならよくある展開であるが、長編でこれをやられるのはちょっと、と思ってしまう。結末、拍子抜けしてしまったな。あまりにもお粗末すぎて。
 文体が古いのは仕方ないが、まあ読むことはできる。ただ、当時の時代性を読み取れないと、今読むにはきついかな。スカウトが容疑者に上がっているのに、マスコミもあまり騒いでいないし、球団自体も全然出てこないのは非常に気になる。言い方は悪いけれど、よくある推理小説。どうせなら、もっとドロドロとした選手の引き抜き合戦ぐらい書いてほしかった。