平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

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野崎六助『北米探偵小説論』(双葉文庫 日本推理作家協会賞受賞作全集第69巻)

アメリカ探偵小説論のみが、歴史的記述を不可分に要請してきたと思えるのである――年代記の形を取ってアメリカの探偵小説を語り、文学全般をそこに取り込んで、二十世紀の歴史に大きな意味を持つアメリカの希望と悲劇が書かれていく。その視線は、日本の探偵小説の運命にも。かつてない手法によって構築された探偵小説論の大作。(粗筋紹介より引用)

青豹書房版で1991年9月刊行。第45回(1992年)日本推理作家協会賞(評論その他の部門賞)受賞。



評論家野崎六助、一世一代のライフワークともいえる探偵小説論。各章がだいたい10年ごとに区切られて語られているのだが、その切り口は政治や文学といった、推理小説とはあまり関係ないと思える方面からのもの。しかしこうして描かれてみると、無縁と思われる世界から照らし出された光によって、当時の推理小説作家が時代背景や精神と密接に関わっていた、もしくは振り回されていたという側面が見えてくる。断定口調なところは気になるが、これだけのページを切り開いていくには仕方のなかった手法であるかもしれない。

こういう風に年代順に記されると、意外なことに気付かされる。例えばS・S・ヴァン・ダインやアール・デア・ビガーズよりも先にダシェル・ハメットが先に来ることである。ミステリを語るとき、どうしても本格推理小説→ハードボイルドという流れになってしまいがちであり、紹介される順番もヴァン・ダインよりもハメットが後になってしまう。他にも黄金時代を象徴する作家であるエラリー・クイーンと、既に探偵の退場に言及していたT・S・ストリブリングも同じ年代に並んでいるのだ。今更ながら、目から鱗であった。

本書で特にページを割かれているのは次の3人である。ダシェル・ハメット、S・S・ヴァン・ダイン、そしてエラリー・クイーン。ハードボイルドという小説形式の荒野を切り開いたとされる作家のひとりであるハメット、アメリカ本格推理小説を隆盛させたヴァン・ダイン、そしてアメリカ本格推理小説の黄金時代をもたらし、アンソロジストとしても名を馳せたクイーン。いずれもミステリ史を語る上で欠かせない3人であるからして、ここに記載されるのも当然であろうが、それにしても割かれている分量が多い。偏っていると言っていいかもしれないぐらいだ。そこにまた、作者の思い入れが感じられる。特にヴァン・ダインの過大すぎた当時の評価と、過小すぎる現在の評価に対する思いが、行間から滲み出てくるようだ。

本書は縮小版ということで、1950年代までしか描かれていない。大変な分量になるかもしれないとは思いながらも、やはり全文収録してほしかったというのが正直なところ。ハードカバーでは手が出ないので、できれば文庫本で完全版を出してくれないだろうか。