平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

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大岡昇平編『ミステリーの仕掛け』(社会思想社)

ミステリーの仕掛け

ミステリーの仕掛け

ミステリーとは読ませる仕掛け、ミステリーを定義するのは読み方である。眼光紙背の達人が魅力の理由とそのセオリイを披瀝する、異色ミステリー論。(帯より引用)

1986年3月、刊行。



『野火』で読売文学賞、『事件』で日本推理作家協会賞を受賞した大岡昇平が編集したミステリー論。

作家、劇作家、評論家、翻訳家、ミステリ研究家、詩人、大学教授など幅広い分野の読書の達人によるミステリ論。初出も1938年から1983年と幅広いし、ジャンルも本格ミステリからハードボイルド、スパイ小説などと幅広い。

とりあえず目次を書き出してみる。それだけで、どれだけ幅広い内容なのか、わかるはずだ。



I わがミステリー

 犯人当て奨励 大井廣介

 平野探偵の手記 平野謙

 ぼくと探偵小説 遠藤周作

 『新青年』の香気 中田耕治

 私の探偵学入門―一マニアとその時代 紀田順一郎

 ぼくとミステリ 眉村卓

 ミステリーと私―探偵映画のこと 埴谷雄高

II ミステリーの根拠

 推理小説ノート 大岡昇平

 市民社会と探偵小説 荒正人

 行動の理由 山川方夫

 それでも地球は動く? 小池滋

 現代の神話、推理小説―読者が参加する世界創造 栗田勇

III レクチュアー・コーナー

 探偵小説の心理学 波多野完治

 ありそうでいながら実際にはない本 白上謙一

 歴史家と探偵小説 岡田章雄

 事件の典型としての把握―ミス・マープルに学ぶもの 三浦つとむ

IV ミステリー・ア・ラ・カルト

 ミステリーと時刻表 西村京太郎・宮脇俊三(対談)

 推理小説とミステリー映画の間―その壁をはずそう 渡辺剣次

 ネロ・ウルフと料理 日影丈吉

 トリックにひかれて 松田道弘

V スパイのたのしみ

 泣くがいやさに笑い候 開高健

 スパイ小説集のための序 丸谷才一

 スパイ小説作法―グリーンVS.ル・カレ=キム・フィルビー事件をめぐる事実と虚構 中園英助

 バラ色の漿果―スパイ小説について 中井英夫

VI ハードボイルドの時代

 ハード・ボイルド―現在の眼 安倍公房・村松剛花田清輝佐伯彰一(座談会)

 ハードボイルド、売切れました 田中小実昌

 小さなハードボイルド論―三浦浩と、その作品について 小松左京

 ハードボイルド試論、序の序―帝国主義下の小説形式について 豊浦志朗船戸与一

VII 仕掛けの構図

 推理小説について 坂口安吾

 紳士ワトソン 椎名麟三

 エリオット・ポオルの探偵小説 吉田健一

 クリスチアナ・ブランド論―オットセイか猫か? 関根弘

 フィリップ・マーロウにおける過剰の蕩尽 栗本慎一郎



アンソロジー形式の評論集は、昨今こそ本格ミステリ関係であるものの、ミステリ全般では非常に珍しい。しかもミステリ評論家やミステリ作家ばかりでなく、これだけ他ジャンルの幅広い人選によるミステリ評論・エッセイである。ある意味形式ばった評論でなく、様々な視点による自由なミステリ論が多く、読んでいて実に楽しい。取り上げる方向も、専門性に寄ったものから、全く違う方向から攻めたものもあり、一つのジャンルでも人によってこうも見方が変わるものかと感心した。

戦後、大井廣介平野謙坂口安吾荒正人などとミステリ犯人当てを楽しんだのは有名な話だが、どちらも自分の方が名探偵だったと張り合っているのは実に面白い。自慢話というのは得てしてそういうものだが、大の大人が"たかが"犯人当てでここまで張り合うというのも、外野から見たら実に奇妙なことであり、微笑ましくなるものである。

珍しいところでは、中井英夫がスパイ小説を論じているところか。原稿を依頼されて慌てて最近のスパイ小説を読んだ感想、というのが正直なところであるが、そういうドタバタぶりを楽しむのも一興である。

こういうのって、名義貸しであることが多いのだろうが、本作は例え候補を集めさせたとしても、大岡昇平が一度は目を通して選んだのだろうな。これ以上はグダグダ言うまい。やはり一度、手に取ってほしい一冊である。

当時の社会思想社は、結構面白いミステリ本を出していたのだが、版元が倒産したこともあり、そのほとんどが絶版なのは残念だ。どこかで復刊しないだろうか。『緋文字』とか、東京創元社でやってくれませんかね。