平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

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北重人『火の闇 飴売り三左事件帖』(徳間文庫)

火の闇 飴売り三左事件帖 (徳間文庫)

火の闇 飴売り三左事件帖 (徳間文庫)

金が、金のあるところにしか回らない。盗人も増え、百姓が逃散する時代、河井田藩家中の権力争いに巻き込まれ、武士を捨てた飴売り三左。顔はいかついが、笑顔は天下一品、人の心を溶かす。腕が立ち、肝も座っている。けんかの仲裁から殺人事件の下手人探しまで、鮮やかに処理。今日も江戸の町に、辻から辻へ、飴売り三左の声が響く。抑制された哀感が胸を打つ遺作。(粗筋紹介より引用)

2009年12月、徳間書店より単行本刊行。2011年9月、徳間文庫化。



元武士の土屋三左衛門、江戸で飴売りを続けて15,6年になる。久しぶりに会った金貸しのお辰が痩せていたのに驚く。武士を辞めた頃、恋女房の小紋が病になったとき、お辰に金を借りたことがあった。借金に借金を重ねた三左を見かね、飴売りの仕事をあっせんしたのもお辰だった。二、三日後、お辰が殺され、凶器の匕首から博打好きの太平次が、岡っ引の鎌五郎に引っ張られた。しかし太平次はお辰から金を借りていたものの男女の仲であり、動機は無い。それに鎌五郎はあくどいことで有名だ。香具師の元締め、与左衛門に頼まれた三左は、事件の謎を追う。「観音のお辰」。

 唐辛子売りの宗次の恋女房、お由が入水自殺をした。お由に横恋慕した御家人の曾根来三郎が納所坊主の西慶と手を組んだ。西慶は宗次にいい店があると言って、高利で金を貸して買わせた。そして店の悪口を言い触らし、売れ行きを落とした。借金に四苦八苦しているお由に西慶が近寄り、こっそりと金を貸し続けた。そのことに気づいた宗次がお由を問い詰めると、お由は家を空け、曾根に身を任し、証文を返してもらった。その翌日、入水自殺をした。宗次は店を売り払い、借金を返したが、曾根を殺すと息巻いている。何とかしてほしいと、香具師の元締めである吉兵衛に頼まれた三左は、宗次を説得する。「唐辛子売り宗次」。

河井田藩の頃の友人である多度津瓶右衛門に頼まれ、領内の百姓の了五郎を飴売りとして預かってほしいと頼まれた。了五郎は眼鏡と髭を付け、鳥笛で様々なと鳥の鳴き声を吹分け、子どもたちの人気を得、一か月で売り上げが一番にちかくなるほどだった。そんなある日、藩の同僚であった水野六兵衛と偶然出会い、酒の席で領内の不穏な状況を聞かされる。「鳥笛の了五」。

三左衛門が住む神田佐久間町の長屋には、三十年以上住んでいるお円婆さんがいる。面倒見がよく人柄もよいことから、本人のいないところで佛のお円さんと呼んでいる。同じ長屋に住む鍵職人の勘助は身持ちがよくなく、恋女房のおすみに逃げられてしまった。お円はこどものおちかの面倒を見ていた。辻芸の触頭に呼び出された三左は、岡っ引の五十鈴屋久蔵から、近頃土蔵破りがあちこちで起きていて、十年前に江戸を荒らした連中と手口が似ているとのこと、手がかりがあったら教えてほしいと頼み込まれる。「佛のお円」。

譜代十二万石河井田藩の士、土屋三左衛門は江戸詰めを申し渡された。河井田家では後継や藩政などが絡み、三つの閥が作られていたが、三左衛門はどこにも属していなかった。合点のいかぬまま、三左衛門は江戸に来て、好きな剣術修行を続けていた。藩では弟子のような存在だった八瀬与十郎と再会するも、江戸屋敷では派閥も絡み、ほとんど接することができなかったものの、一か月後にようやく茶屋で話をすることができた。江戸と国許の派閥争いなどを話す与十郎。さらに二十日後、三左衛門は与十郎が囲っている三弦師匠の小紋を紹介される。「火の闇」。



時代小説作家、北重人の絶筆。『蒼火』にも出てくる飴売り三左を主人公とした連作短編集であり、いわばスピンオフ作品である。最初の四篇は三左が巻き込まれた事件を解決するものだが、必ずしもハッピーエンドとなるわけではない。最後の「火の闇」は、三左武士を辞めるきっかけとなった事件や小紋との出会いが語られる作品である。

主人公である三左に心温められるもの、それでもどこか寂しい風が吹くような哀愁感が漂うのは、作者の特徴なのだろう。人の世の無常観と、それでも精一杯生きていく人たちの姿、そして温かい三左の目線が、読者を柔らかく包み込んでくれる。

『蒼火』が気に入ったので、脇役が主人公となっている本作を知り、すぐに購入。やはりこの人の作品は面白い。他にも読んでみようと思う。作家活動わずか五年で亡くなられたのは本当に残念。