平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

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船戸与一『虹の谷の五月』(集英社)

虹の谷の五月

虹の谷の五月

フィリピン・セブ島のガルソボンガ地区に祖父と二人暮らしのトシオ・マナハンは、日本人の父親とフィリピン人の母親との間に生まれたことから、ジャピーノ(日比混血)と呼ばれている。1998年5月、1999年5月、2000年5月。13歳から15歳になったトシオの成長と冒険譚が描かれる。

小説すばる』1998年7月号〜2000年3月号連載。2000年5月、単行本刊行。同年、第123回直木賞受賞。



虹の谷とは、セブ島にある谷の名前で、雨期になると真ん丸い虹が浮かぶことからこの名がついている。虹の谷に村から行くことができる道を知っているのは、トシオただ一人。そして虹の谷には、かつて新人民軍幹部だったゲリラのホセ・マンガハスが潜んでいる。

フィリピンの歴史の裏側、というか正確には、日本ではほとんど見ることのない、そして興味を持つこともない裏側を描いた作品。とはいえ、今までの船戸作品と違うところは、トシオの成長譚になっているところ。歴史や争い、民族の渦の中心(歴史の中心ではない)にいる人物が多い船戸作品のなかで、ここまで成長という言葉をキーワードにした主人公は初めてではないだろうか。日本からみたら物理的にも精神的にも不自由なところが多いけれど、それでも先を見据える希望がそこにあり、船戸作品にはあまり見られないすがすがしさがここにある。うーん、こんな作品も書くことができたのか。

どちらかといえば絶望のキーワードが主となることが多いのに、本作品では希望の灯が赤々と灯っている。いや、虹のように輝いている、と言った方がいいだろうか。

もちろん、船戸らしいハードなアクションは健在。ただ、いつもと違うαが、本作品の面白さを引き立たせている。面白かった。