平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

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倉狩聡『かにみそ』(角川ホラー文庫)

かにみそ (角川ホラー文庫)

かにみそ (角川ホラー文庫)

全てに無気力な20代無職の「私」は、ある日海岸で小さな蟹を拾う。それはなんと人の言葉を話し、体の割に何でも食べる。奇妙で楽しい暮らしの中、私は彼の食事代のため働き始めることに。しかし私は、職場でできた彼女を衝動的に殺してしまう。そしてふと思いついた。「蟹……食べるかな、これ」。すると蟹は言った。「じゃ、遠慮なく……」。捕食者と「餌」が逆転する時、生まれた恐怖と奇妙な友情とは。話題をさらった「泣けるホラー」。第20回日本ホラー小説大賞優秀賞受賞作。(粗筋紹介より引用)

2013年、「かにみそ」で第20回日本ホラー小説大賞優秀賞受賞。短編「百合の火葬」を加え、同年10月、角川書店より単行本刊行。2015年9月、文庫化。



タイトルがタイトルなので、一体どういう話かと思ったら、意外と友情物語だった。「泣ける」かと聞かれればやや微妙だが。

無気力な20代無職の青年が拾った蟹は何でも食べ、気が付いたら主人公と喋るようになり、テレビも見るようになる。蟹の餌のために働き出した青年は、職場でできた彼女を殺してしまうが、蟹は遠慮なく食べてしまう。

まあ、正直言ってホラー要素はあまりない。いや、蟹が喋るだけでも不気味だし、死体を食べるようになるところも不気味なのだが、ユーモアのある文体と、蟹が喋ったり死体を食べたりすることに大した違和感を抱かない主人公のおかげで、本来そこにあるはずの恐怖感が全くないところが、逆に面白い。

それにしても物語の最後はひどい。まあタイトルからだいたい予想つくだろうが、何もかも運命と思って全てを受け容れる蟹が何とも哀れで、それでいて可愛らしいから不思議だ。変な言い方だが、男にとって都合のいいセックスフレンドみたいな存在が、この蟹なのだ(考えてみると、名前すらないのか……)。本来ありえない姿であるのはこの蟹なのに、不気味なのは人間である青年の方だというのは、よく考えられた構成である。これだったら優秀賞でなくも、大賞でもよかったと思うのだが。

同時収録の「百合の火葬」は、女癖の悪い父親が死んで独りぼっちとなった大学生の家に、昔関係のあった女性が訪れて住むようになる話。この女性が裏庭に百合を植えるあたりからどんどん恐怖感が増していく、正統派ホラーである。ただ、「かにみそ」のユーモアを読んだ後ではあまりにもスタンダードすぎ、物足りなかったことも仕方のないことか。

「かにみそ」の路線で長編を書ければ、結構売れるかも。頑張ってほしいものである。