平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

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ハリントン・ヘクスト『テンプラー家の惨劇』(国書刊行会 世界探偵小説全集42)

テンプラー家の惨劇 世界探偵小説全集 (42)

テンプラー家の惨劇 世界探偵小説全集 (42)

イングランド南部の丘陵地に宏壮な屋敷を構える名門テンプラー家を突如襲った黒い影。渓谷の小道で、石楠花の咲き乱れる湖岸で、ロンドンの裏通りで、一族皆殺しを図るかのように次々に凶行を重ねていく謎の殺人者に、警察もまったく為す術がなかった。事件ごとに現場付近で目撃される黒衣の男の正体とは? そもそも犯人の目的は何なのか? 数多の恐ろしい謎を秘め、運命の歯車は回り続ける。バーザン&テイラー『犯罪カタログ』や森英俊『世界ミステリ作家事典』が「類例のない傑作」と口を揃えて激賞するヘクスト=フィルポッツの異色ミステリ。(粗筋紹介より引用)

1922年、発表。2003年5月、邦訳刊行。



イーデン・フィルポッツが別名義で出した長編。名作『赤毛のレドメイン家』より1年後、2冊あとの長編となる。

イングランドの地方名家の一族が次々に殺害されるのだが、立て続けというわけではなく、週から月単位で間隔が開いているので、どことなく間が抜けている感がある。形式は本格ミステリ風なのだが、これといったトリックやロジックがあるわけでもない。さらに第三人称視点の本作品ではとても見過ごせないアンフェアな記述があり、少なくとも物理的に犯人を特定するのは不可能。解説「フィルポッツ問答」の中で真田啓介が、「フィルポッツはそのあたりの意識は低かった」と書いているぐらいだから、もうどうしようもない。というか、フィルポッツ自身、本格ミステリかどうかなんて、意識していないよな、きっと。

結局本作品の特徴は、連続殺人の異様な動機なのだが、残念ながら執筆当時のイギリスだから「異様」と言えるわけで、現代の視点で見ればこの程度の動機はいくらでも転がっている。

さらに警察も間抜けとしか言いようがないぐらい無能なので、読んでいて腹が立ってくる。

とまあ、欠点だらけと言っていいような作品だし、最初の頃なんてただの人物紹介を並べているだけじゃないかと言うぐらい素っ気ない文章なのだが、それでも読んでいくうちに引き込まれていくものがあるのは、やはり文章そのものに筆力があるからだろう。いや、読み終わって腹が立ったのは同じだけど(苦笑)。ただ、「類例のない傑作」とはとても思えない。時代とともに古くなっていった作品であった。