平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

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北重人『蒼火』(文藝春秋)

蒼火

蒼火

妾腹の子であるために家を出て、今では刀剣の仲介と道場の師範代、そして知り合いの承認から受けた依頼の礼金で暮らしている立原周乃介は、相次いでいる商人殺しの謎を追う。調べていくうちに、芸人たちも辻斬りに合っていることがわかった。調査を続けるうちに浮かび上がる犯人の一味。そこにいた冷酷な殺人者が、周乃介の過去の"蒼火"を呼び起こすこととなった。

2005年11月、文藝春秋より刊行。2007年、第9回大藪春彦賞受賞。



作者は一級建築士の資格を持っているという。1999年、「超高層に懸かる月と、骨と」で第38回オール讀物推理小説新人賞を受賞。2001年、『蒼火』で第8回松本清張賞の最終候補に残る。2004年、『天明、彦十店始末』で第11回松本清張賞の最終候補に残るが惜しくも受賞を逃す。しかし、選考委員の大沢在昌伊集院静の強い推薦により、『夏の椿』と改題して12月に出版。『夏の椿』も立原周乃介が登場しており、本作はその前日譚となっている。

大藪賞を受賞していなかったら、まず手に取ることがなかっただろうけれど、読んでみたら非常に面白かった。思わぬ拾い物をした感じ。

若い頃に色々やって、今は浪人状態なれど事件が起きたら動き出す、という設定は数多くあるだろうし、辻斬りと出会って自らの「暗い血」が騒ぎ立てるというのはありがちだが、それでいて面白いというのは、当時の江戸の風景や登場人物の心理描写も含めて、非常に丁寧に書かれているからであろう。人を斬りまくって刀をどう研いだのか、などというあたりは非常に説得力のある話である。

前半は非常にゆったりとしたペースだが、周乃介を取り巻く人々とのふれあいが心地よい。特に既に亡くなった友人の妹で、当時はほのかに思いを通わせていた元芸者の市弥との再会後のやりとりは、お互いにいい大人なれど、だからこそ非常に周囲がじれったくなるほどのもどかしさが読者を引きつける。

後半、謎が解けてからの展開は非常にスピーディー。特に辻斬りと接してからの周乃介の苦悩や孤独感が心に染みてくる。二人の「暗い血」の描写が秀逸。まさに「蒼火」が燃えさかり、狂わせる。このあたりの描写が、大藪春彦賞を受賞できた要因だろう。時代小説なれど、殺人者の衝動という点では似通ったところがある。

時代小説はあまり読んでいないが、素直に楽しむことができた。傑作である。何で今まで手に取らなかったのだろう。非常に勿体ない。『夏の椿』も読んでみようと思う。