平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

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冲方丁『天地明察』上下(角川文庫)

天地明察(上) (角川文庫)

天地明察(上) (角川文庫)

天地明察(下) (角川文庫)

天地明察(下) (角川文庫)

徳川四代将軍家綱の治世、ある「プロジェクト」が立ちあがる。即ち、日本独自の暦を作り上げること。当時使われていた暦・宣明暦は正確さを失い、ずれが生じ始めていた。改暦の実行者として選ばれたのは渋川春海。碁打ちの名門に生まれた春海は己の境遇に飽き、算術に生き甲斐を見出していた。彼と「天」との壮絶な勝負が今、幕開く――。日本文化を変えた大計画をみずみずしくも重厚に描いた傑作時代小説。第7回本屋大賞受賞作。(粗筋紹介より引用)

「この国の老いた暦を斬ってくれぬか」会津藩藩主にして将軍家綱の後見人、保科正之から春海に告げられた重き言葉。武家と公家、士と農、そして天と地を強靭な絆で結ぶこの改暦事業は、文治国家として日本が変革を遂げる象徴でもあった。改暦の「総大将」に任じられた春海だが、ここから想像を絶する苦闘の道が始まることになる――。碁打ちにして暦法家・渋川春海の20年に亘る奮闘・挫折・喜び、そして恋!!(粗筋紹介より引用)

野性時代』2009年1月号〜7月号連載。2009年11月、単行本発行。2010年、第31回吉川英治文学新人賞、第7回本屋大賞、第4回船橋聖一文学賞などを受賞。加筆修正のうえ、2012年5月、文庫化。



冲方丁初の時代小説ということで話題にもなった作品。それにしても、選んだ主人公が渋川春海とは、ずいぶん渋い人物だと思っていたが、読んでみるとこれがとても面白い。

渋川春海が暦を作ったことぐらいしか知らなかったが、その暦が800年ぶり、そして国産の暦だとは全く知らなかった。ただそれでも、日本史を学んでいても、せいぜい教科書に一行載るか載らないか程度の扱いのはずだ。江戸時代に至る日本の暦がこれほどばらばらで、しかもずれていたとは全く知らず、さらにとてつもない苦労があったとは……。こういうことを、もっと日本史の授業でやるべきだと思うけれどなあ。本作でも重要な位置を占める関孝和にしてもそうだが、浮世絵や読物だけではなく、もっとこういう方面にも力を入れるべきだと思う。参考文献を見ても、渋川春海についてはあまり多くないようだし。

そんな悲しい現状はさておいて、小説の方だが、碁打ちで算術好きの渋川春海が多くのものに見いだされ、いつしか改暦事業の中心となり、多くの出会いと挫折を経て、ついに狂いのない暦、大和暦を作り上げ、霊元天皇によって採用の詔が発布され、「貞享暦」の勅命を賜り、施行されることとなる。まさに渋川春海の一代記であるのだが、当然事実にもとづいたフィクションであることは言うまでもない。ライバルであり尊敬し合う間柄となる関孝和とのやり取りにしたって、完璧な創作だ。それでも作品に引きずり込まれ、本当にあった出来事ではないかと思ってしまうのは、読者にとって幸せである。

暦を作るという話になると、どうしても学術的方面に偏りがちだ。それを多数の人との触れ合いを通し、ドラマティックな展開に仕立て上げてしまうのだから、やはり作者はすごい。とくにえんとのやり取りはユーモアをまじえつつ、互いに相手を認めあい、それでいてえんが春海の事業を支えようとする姿が実に美しい。

今更ながら読んでみたが、傑作は傑作。素直に面白かったと言える。数々の賞をとったのもわかる気がする。あまり大きく取り上げられることのない人物が、日本にはまだまだ埋もれているのだなと感じさせる。

作品や作者の評価とは関係ないどうでもいいことだが、粗筋紹介の方で「吉川英治文学新人賞」より「本屋大賞」の方が載っているというのはどうかと思うけれどね。単に字数の問題かもしれないけれど。

本作品、映画化されているけれど、主役が岡田准一宮崎あおい。何とも意味深。