平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

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打海文三『灰姫 鏡の国のスパイ』(角川書店)

灰姫 鏡の国のスパイ

灰姫 鏡の国のスパイ

ロシアの極東の地ウラジオストクで、日本の情報調査会社社員が瀕死の状態で発見され、数日後に息を引き取った。その身体には拷問のあとが残されていた――。事件を調べる使命を帯びた同僚は、調査の結果謎の人物〈灰姫〉にたどりつく。北朝鮮の地下に潜り、日本に高度な情報を提供しているという灰姫をめぐり展開する、ロシアKGBアメリカCIAも絡んだ果てなき謀略の数々――。高度に繰り広げられる諜報戦の先にある真実とは? 渾身のポリティカル・スパイ・サスペンス! 第十三回横溝正史賞優秀作。(粗筋紹介より引用)

1993年、第13回横溝正史賞優秀賞受賞。同年5月、単行本化。



いやー、読みづらい。本当に読みづらい。背後の説明が全くないまま会話が進むので、彼らが何を言っているのかさっぱりわからない。ここまで読者を無視している作品も珍しい。「民間の調査機関である東亜調査会」と書かれているから、てっきり政府か有力政党の調査機関の隠れ蓑かと思ったら全然違うし。冒頭がウラジオストクだから、対ロシアかなと思ったら、実は北朝鮮が相手だし。半分くらい読まないと、小説の背景や登場人物の立ち位置が掴めない。人物像自体浮かび上がってこない。情報は錯綜しているし、ストーリーは整理されていない。佐野洋が「文章がわかりにくく、半分ほど読んで退屈してしまった」というのもわかる。本当に退屈だから。

ただし、妙な迫力というか、独特の雰囲気があるのも事実。ただ読み終わってみると、最初に感じていたスケールの大きさがどんどん小さくなっていっているのは残念。間違いなく、未完成作品である。それでも、選考で落とすには惜しいと思わせる何かがあったのだろう。それが優秀賞という位置付けなんだろうと思う。

作者の後の活躍を見ると、優秀賞とはいえ出版させたというのはかなりの目利きだ。これを推したのは夏樹静子と権田萬治だが、大したものだと思う。