平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

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樋口京輔『緑雨の回廊』(中央公論新社)

緑雨の回廊

緑雨の回廊

大手ゼネコンでダムのグラウトを主に担当している岡沢稔が、行方不明となった。その直前、立山の黒部新川ダムで稔と一緒に行動しているところを目撃されていた宇治老人がダムで溺死体となって発見されたことから、稔に嫌疑がかかる。妻の千賀子は、自分に嘘をついてまで立山に行っていたことに疑問を持ちながらも、稔から送られていた立山曼荼羅のコピーと日記を基に夫の行方を捜そうと、立山に足を踏み入れた。稔の行方を追う内に知り合った郷土研究家の志鷹により、その曼荼羅には戦国時代の武将・佐々成政が隠した埋蔵金のありかが記されていると知らされる。稔もまた、埋蔵金を探していたのだろうか。

2000年5月、書き下ろしで刊行。



帯には横溝正史賞作家と書いているが、実際は第19回横溝正史賞佳作受賞者(『フラッシュ・オーバー』)。こういう嘘はいけない。また書き下ろしとあるが、実際は1998年、第18回横溝正史賞奨励賞を受賞した『稜線にキスゲは咲いたか』(三王子京輔名義)の改題作品らしい。

殺人の嫌疑を掛けられたまま行方不明になった夫を、素人の妻が残された手掛かりから追いかける作品。途中から埋蔵金の謎も絡み出す。こう書いてしまうと、とてもチープな作品に見えてしまうから不思議だが、実際の内容も今一つ。そもそも警察にマークされているはずの人物が簡単に出かけられるところが不思議でしょうがない。稔が千賀子に埋蔵金を探していたことを隠す理由は最後まで明かされない。最後に殺人事件の謎は明かされるが、推理らしい推理もないし、動機も弱い。ダムの構造については勉強しているようだが描写力が弱く、唐突とも思えるような最後の追いかけっこにも迫力がない。うーん、ないないづくしとしか言い様がない。最初は推理小説の形をしているのだから、推理小説として終わらせるべきだったと思うし、最後のサスペンス部分はダムを舞台とするのならもっとページを費やすところ。埋蔵金の謎も含め、あれもこれも入れてしまおうと考えた分、何もかもが中途半端で終わってしまった作品である。

作者は歯科医。『フラッシュ・オーバー』でデビュー後、本書を含めミステリを3作品刊行するが、いずれも角川以外というところが、この作者の限界を示していたのではないか、と思っていたが、2007年に上杉那郎名義で第8回小松左京賞受賞(『セカンドムーン』)を受賞していた。