平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

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直原冬明『十二月八日の幻影』(光文社)

十二月八日の幻影

十二月八日の幻影

陸軍参謀本部第二部暗号解読班高井戸分室に所属する陸軍少尉、有馬数史は、一〇〇式電気推字機、通称「電気ソロバン」を用い、アメリカ大使館から送受信電信文「オロチ暗号」の解読に成功する。海軍少尉、潮田三郎は日清戦争で全滅した祖父の汚名を濯ぐため指揮官になることを夢見ていたが、英語が得意だったことから軍令部第三部第五課で翻訳ばかりさせられていた。ある日、潮田は期限付きで海軍軍令部総長直属の特別班に転属となった。特別班のトップは弱冠26歳ですでに少佐の渡海宗之。特別班は、陸軍所管の憲兵隊とは別に、防諜を携わっていた。日本がアメリカに宣戦布告する直前、日本側の奇襲作戦の秘密がアメリカに漏れていた。いったい裏切り者は誰か。潮田は反発を覚えながらも、渡海の指揮のもと、憲兵隊とも手を組んで捜査に乗り出す。

2014年、第18回日本ミステリー文学大賞新人賞受賞。応募時タイトル「十二月八日の奇術師」。2015年2月、単行本刊行。



1941年12月8日に日本が真珠湾を奇襲したことは歴史的事実。その裏でアメリカ、ソビエトなどとの防諜合戦があったことも事実。では、いったいどのようなストーリーを考え付いたのか。正直言って手垢が付いた題材を使って新人賞に応募するのはかなり不利だと思うのだが、それでも受賞するのだからどんな作品かと思って読んでみたら、これぞ防諜合戦というスパイサスペンスだった。

冷静沈着な頭脳の渡海と、まさに当時の日本人そのものと言いたくなるような真っ正直で熱血漢(まあ、こういうタイプばかりで疑うことを知らないような若者ばかりを生み出すあたり、日本の教育が洗脳と変わらないということを示しているのだが、それは別問題か)の潮田のコンビが実にいい。考え方が違っても、目標は一つというあたりもいかにも日本的。

敵側の男の造形もいい。片や情報を奪う側、片や情報を守る側。あえてアメリカ側に情報を流す男も、これも信念を持って行っている。終わってみると、実はこちらの考えや分析の方が正しかったのだが、だからと言って国を裏切っていいとばかりも言えない。信念の戦いが緊迫したものとなっている。どのように情報を受渡ししているのかという謎解きの要素も、単純ながら悪くない。さらにソビエトのスパイがさり気なく絡んでくるのだから、なかなかよくできている構成である。

ただ、歴史的事実がわかっていながらもドキドキハラハラさせるストーリーであったかと言われると、残念ながらそこまで達していない。結局、渡海というキャラクターが出来過ぎている点が問題ではなかったか。本来ならもっと丁々発止のやり取りがあってもよかったはず。史実が入り混じったサスペンスに、神の視点を持つ登場人物は不要である。
読み応えのある作品ではあるが、傑作というには物足りない。ただ、渡海という人物が戦後何をやっているかはちょっと興味ある。

日本ミステリー文学大賞新人賞はマジック1。2月に出た最新回受賞作がまだ読めていない。