平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

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柳広司『ダブル・ジョーカー』(角川文庫)

ダブル・ジョーカー (角川文庫)

ダブル・ジョーカー (角川文庫)

結城中佐率いる異能のスパイ組織“D機関”の暗躍の陰で、もう一つの諜報組織“風機関”が設立された。その戒律は「躊躇なく殺せ。潔く死ね」。D機関の追い落としを謀る風機関に対し、結城中佐が放った驚愕の一手とは? 表題作「ダブル・ジョーカー」ほか、“魔術師”のコードネームで伝説となったスパイ時代の結城を描く「柩」など5篇に加え、単行本未収録作「眠る男」を特別収録。超話題「ジョーカー・ゲーム」シリーズ第2弾!(粗筋紹介より引用)

野性時代』掲載作品に書下ろしを加え、2009年8月、角川書店より単行本刊行。「眠る男」を加え、2012年6月、文庫化。



風戸哲正陸軍中佐は陸軍参謀本部に独自の諜報員養成所、用法機関を設立すべきと報告書を提出し、陸軍ナンバー2の阿久津泰政陸軍中将の後押しもあって、新たな機関“風機関”を設立する。「天保銭は使えない」と、陸軍大出を否定する結城中佐と対抗するため、陸軍士官学校憲兵学校の成績優秀者の中から人材を選び出した。そして「死ぬな、殺すな」というD機関の原理原則に対抗し、「殺せ、死ね」と叩き込んだ。風機関は強引な手法で着々と実績を上げてきた。ある日、風戸中佐は阿久津中将より、元英国大使で親英米派の白幡樹一郎が陸軍最高機密であり、陸軍戦略思想及び戦術思想をまとめた『統帥綱領』を盗読した疑いがあると告げられた。風戸は調査を命じられたが、同時にD機関にも同様の情報が流されたことを告げられた。どちらの諜報機関が優秀かを競うことになった風戸は、白幡家の書生である森島邦雄が朝鮮人とのハーフであることを突き止め、内通者に仕立て上げた。「ダブル・ジョーカー」。なるほど、諜報機関が自分の手を離れている状況なら、自分の意のままに従う諜報機関を作ろうとするのは当然のこと。それにしても、あまりにも差がありすぎるのはどうか。「天保銭」をめぐるやりとりは、エリートの間抜け面という点で実に面白かった。

北支前線の隊付軍医である脇坂衛は、治安維持法違反で逮捕された後肺結核にかかって死亡した兄・格の影響を受け、高校時代から共産主義に傾倒し、モスクワのスパイになっていた。脇坂はモスクワの指示で2年前から前線に来ており、今では隊内の信頼を得ていたが、同時に得た情報をワキサカ式と呼ばれる方法で情報をモスクワに渡していた。しかし1か月前、ベルゼブルと呼ばれ恐れられている人物がD機関を率いてスパイ狩りをやっているので注意せよという忠告を受けた。さらに、慰問団の「わらわし隊」に何らかの関連があること、スパイハンターは「笑わぬ男」の暗号名が用いられることも告げられた。そして今、「わらわし隊」が慰問に訪れていた。「蠅の王」。誰がスパイハンターかを探し当てる話だが、残念ながら推理では見つからない。「ワキサカ式」も聞いてみると危なっかしいもの。もうちょっと優秀な男にしてほしかったな、主人公を。

中央無線電信所に勤める高林正人は、陸軍から電信係が欲しいという命により、仏印、フランス領インドシナへ出張となった。具体的には陸軍の仏印への視察団の一員に交じり、団長である土屋陸軍少将が描いた通信文を基に暗号電文を作成し、ハノイ中心部にある仏印の郵便電信局で仏印側の施設を使って東京に打電するというものだった。視察団にいた海軍が持っている小型無線機を使わないことを知り、高林は陸軍と海軍の意思疎通の無さを間近で知ることとなった。ハノイへ来て一か月後、高林はダンスホールからの帰り道に襲われ、意識を失った。「仏印作戦」。いくらなんでも相手国の設備で暗号文を打つなんて、素人でもやらないと思うのだが。D機関の関わり方も含め、さすがにネタ切れなのか、と思わせるような出来の悪い作品。

ベルリン郊外で列車同士が正面衝突し、48人が死亡、120人以上が負傷するという大事故が起きた。たまたまそばにいたヒトラー・ユーゲントが駆けつけて救助に当たるとともに、不審な動きをしていた人物を片っ端から拘束して、国防軍情報部に引き渡した。対外防諜活動担当の情報部第三課課長ヘルマン・ヴォルフ大佐が、一人の男に目を付けた。男が持っていたマッチの軸頭から、存在するはずのないキニーネ成分が検出された。それは、スパイが使う秘密の筆記具だった。その男は、事故で死んだアジア人から盗んだものだと告げる。ヴォルフ大佐は、死んだ日本人、カツヒコ・マキが日本のスパイだとにらんだが、いくら調査してもそのような証拠は出てこなかった。「柩」。回想で結城中佐のスパイ時代が出てくるが、売りはそれだけ。特に面白いところはない。

仲根晋吾は趣味のバード・ウォッチングを通じ、ロサンゼルス郊外にある大規模石油プラント工場のオーナーであるマイケル・クーパーの娘、メアリーと1年前に結婚した。時にはそのバード・ウォッチングのせいで、日本のスパイと誤解されることもあった。ところが、仲根は本当にスパイ、それもD機関の一員だった。ただし今回の任務は奇妙なもので、外務省の担当官と情報を交換することだった。初めて会った時、仲根は驚いた。相手の担当官・蓮水は、仲根の腹違いの兄だった。しかしどちらも、そんなそぶりは一つもみせなかった。ある日、蓮水は暗号の極秘情報が漏れ、それは仲根が組織したロサンゼルスの日系人協力者網の中にモグラと呼ばれる敵の二重スパイが紛れこんでいるというのだ。「ブラックバード」。意外な結末が待っている作品だが、日本の真珠湾攻撃直前ということもあり、異様な緊迫感が物語を支配している。

「ロビンソン」の舞台裏を語った掌編「眠る男」。ボーナストラックだが、スリーパーの仕込み方みたいな一編。



ジョーカーシリーズ第二弾だが、よくぞここまで話が続くものと感心してしまう。特に第1作「ダブル・ジョーカー」は長編にしてもおかしくない設定。逆にこれで退陣してしまう風機関がちょっと残念。ただ残りの作品は、ややネタ切れ感が付きまとっている。もちろんどれもパターンが違っているのだが、ある意味優秀すぎるD機関の連中に、少々ドン引きなところもあり。優秀な忍者がそろっているのに、なぜか敵方の大将は暗殺しようとしない戦国物を見ている違和感と同じと言っていいだろうか。

そうは言っても、読んでいる分には楽しいし、当時の状勢を調べよくここまで書けるなというものも多い。ただ、「ブラックバード」みたいに違ったパターンの作品も読んでみたいと思う。もう少し幅を広げた方がいいのではないか。