- 作者: 呉勝浩
- 出版社/メーカー: 講談社
- 発売日: 2015/08/05
- メディア: 単行本
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2015年、第61回江戸川乱歩賞受賞。応募時名義檎克比朗。加筆修正のうえ、2015年8月刊行。
作者は昨年に続いて最終候補に残り、見事受賞。昨年の『闇に香る嘘』がとてもよかった(文春だけでなくこのミスでもランクインするとは思わなかったが)ので、今年も少しは期待したのだが、読み終わってみたら首をひねる結果となった。
前半は面白い。帯で辻村深月が言っているように、「謎の立て方が際立って見事だった」。鳴川市で起きた連続イタズラ事件に陶芸家の死亡事件がリンクするのみならず、13年前に起きた殺人事件でも黙秘していた犯人が唯一語った言葉が「道徳の問題」。これで一気に興味を惹かれた。しかも伏見祐大にカメラマンを依頼してきたドキュメンタリー映画の監督である越智冬菜が28歳の女性で、映画を撮る動機が不明。現実の事件では、自分の息子である友希が関わっている可能性が出てきて伏見が疑心暗鬼になるし、過去の事件では、犯人である向晴人の周辺人物へのインタビューを続けるうえで不審な点が浮かび上がってくる。自殺と思われていた陶芸家の死亡に他殺の可能性は出てくるし、そもそも「○○の時間を始めます」が意味するところは……。これだけ面白い謎を提示してくれ、しかもその見せ方が非常にうまい。描写が大げさだし、読んでいて誰が喋っているんだろうと思うところもあったが、その程度には目をつぶってもいいと思うぐらいの謎だった。これはどんな傑作になるだろうかと期待していたのだが、読み終わって完全に裏切られる。
読了して、ここまで裏切られた思いをしたのは久しぶり。何、そのつまらない終わり方、と言いたい。作者、これ書いてて楽しかったと問い詰めたい。
詳細に書くと完全なネタバレになってしまうのでぼかして書くが、謎の答えがじつにつまらない。帯にある「過去の現在の事件との奇妙なリンク」については絶叫したくなった(池井戸潤の選評を読むとわかる)。越智冬菜の正体自体は最初からバレバレだったが、もう少し描きようがなかったのかね。陶芸家の青柳南房についても、もう少し背景を書くとかできなかったものだろうか。そして一番言いたいことなのだが、13年前の殺人事件の動機については、あまりにもアホらしい。リアリティ以前の問題。出版社の人、これを読んで怒らないのかね。
選評を読むと、有栖川有栖、石田衣良、辻村深月が本作を推し、今野敏が別作品を、池井戸潤が受賞作なしとの結論だった。長時間の討議が行われ、文章や設定の不備に修正を施したうえで多数決で受賞となったらしい。池井戸は最後まで反対に回っている。「完成原稿の応募とはいえ、細かな部分を修正することについての異論はない。だが、この小説に求められる加筆修正は犯行動機を形成する根本に関わり、広範に及ぶ。私には、この小説がどのような完成形を見るのか、正直なところわからない。それなのに、なぜ受賞作として推すことができようか」と不満を述べている。今野も「広げた風呂敷のたたみ方がもう少しうまかったら、私の評価も高かったと思う」と書いている。仰る通り。元々どのような形だったのか非常に気にはなるが、今より悪いものだったのだろう。加筆修正したうえでこれでは、とがっくりきた。
とはいえ、出版された物については仕方がない。これだけの選評がついてしまうと、売れるのは厳しいかもしれないが、せめて次作では受賞させてよかったと思われる作品を書いてほしいものだ。まあ、『天女の末裔』や『風のターンロード』、『浅草エノケン一座の嵐』『マッチメイク』に比べれば、まだまだまともだった。
最後に、作者も編集者も常識を知らないなあ、と思ったこと。作品にそれほどつながる部分ではないから選評では見逃したのかもしれないが、警察小説を書いている今野敏ならこれぐらい指摘してほしかった。向晴人の事件だが、9月9日に事件が起きて、年が明けた頃に無期懲役判決。かなり短いが、これ自体はまだ可能性はある(とはいえ、滅多にない)。しかし裁判で鑑定が行われたのであれば、これは短すぎる。精神鑑定ならそれだけで最低3か月は必要。この程度は事前に調べてほしいところだ。さらに言えば、無期懲役判決が出て、13年で仮釈放されることは有り得ない。事件が起きた2001年時点でさえ、平均所在期間は22年8か月。作品時間である2014年なら、31年4か月だ。普通に有期懲役でよかったじゃないか。1殺で前科なしなら、普通は有期懲役だ。文庫化されるときは、これぐらいは直してほしいところだ。そして作者に言いたいのだが、無期懲役の仮釈放は、「罰を終えた」わけではない。これは根本的な間違いだ。