- 作者: 大石 直紀
- 出版社/メーカー: 角川書店(角川グループパブリッシング)
- 発売日: 2011/02/25
- メディア: 文庫
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2006年、『オブリビオン〜忘却』のタイトルで第26回横溝正史ミステリ大賞テレビ東京賞受賞。2006年5月、単行本刊行。2011年2月、改題して文庫化。
殺人事件を機に逃亡する岸田信彦と、記憶を無くした娘の梓。二人のそれからと、二人や取り巻く人々の苦悩を描いた作品。支店は二人と、梓の兄となる水沢良彦の視点で進む。梓が幼いころから事件が終わるまで15年以上。話の都合上、どうしても所々で時間が飛ぶ。1度や2℃ならまだしも、何回も続けられると読む方の緊張感を削いでしまうのでどううまく書けるか、というところだが、やはり途中でのぶつ切り感が強い。
いちばんの問題は、主人公である信彦の存在感が薄い点である。最後まで読んでも、信彦がどういう人物かを思い浮かべることはできなかった。最もそれは、他の人物でも同様。兄妹の成長する姿も思い浮かべることができなかった。その点が、物語のぶつ切り感につながっているのだと思う。アルゼンチンなどの海外が出てくるが、こちらも背景描写はおざなりだった。そもそも、信彦、香港でよく殺されなかったなと思ってしまう。その方があとくされないだろうに。
内容からすると、一介のジャーナリストが思いついてしまう真相を、組織力を持つ警察がなぜ検討しなかったのかが疑問。最低でも背景ぐらいは、簡単に調べられたはず。そもそも娘は定期的にマークされているのべきではないのか。警察の姿がほとんど出てこないのは違和感があった。
事件の真相と、それに振り回される周囲の動きについては手堅くまとまっている。ただし作者は第2回日本ミステリー文学大賞新人賞、第3回小学館文庫小説賞とミステリ関連の賞を2度受賞しており、すでに10冊近くの著書があるプロである。これぐらいはできて当たり前。それを超える鮮烈なイメージがほしかったが、小さくまとまったままで終わってしまった。出版はまだしも、よく受賞できたものだと思ってしまう。
原題の『オブリビオン〜忘却』は、バンドネオン奏者、作曲家であるアストル・ピアソラの代表作とのこと。ミルバという歌手がフランス語で歌って有名になったらしい。信彦もバンドネオン弾きであり、どうせならもっと詳しく描いてほしかったところ。事件の鍵としてだけで終わってしまうには惜しい設定だった。文庫化に当たり、なぜこのようなチープなタイトルに改題したのだろう。これでは誰の印象にも残らないだろうし、そもそも手にとってもくれない。たまたま手に取ってみなければ、受賞作だなんて気づかなかった。
作者はこれで3度目の受賞。受賞できるということは、それなりに作家としての腕はあるということだが、3回も受賞してしまうということは逆に過去2回は受賞後に売れなくて切られたということ。よくここまで作家の道を目指そうとするなあ、というその執念には感心してしまうが、それが作品に生かされないのはどうか。いっそのこと、3回も受賞しつつ切られまくるその人生を作家を目指す人に描いた方が売れると思うのだが。最近は映画やドラマのノベライズで定期的に書いているようだが、食べていくことができているのだろうか、と余計な心配をしてしまう。