- 作者: 石沢英太郎
- 出版社/メーカー: 講談社
- 発売日: 1980/04
- メディア: 文庫
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1973年、光文社のカッパ・ノベルスで書き下ろし刊行。1980年、講談社文庫化。
整理中に昔読んだ作品が出てきたので、思わず再読してしまった。何回読んでも面白い一冊である。
カーラリーという競技があることは知っていても、それがどのような競技なのかを知っている人は少ないと思う(単に私が無知なだけかも知れないが)。作者はまずカーラリーがどのような競技かということについて、盲人となった田浦二郎が兄夫婦と共にカーラリーの常連となるまでを通して簡潔かつ面白く伝えている。
そして、いよいよ迎える日本列島縦断カーラリー。企画側であるカー・マガジン社の下川隆・脇田陽介・横田敏夫、参加側の田浦一家、退職教師で最高齢の東夫妻、格好の宣伝の場で優勝を狙う自動車メーカー、そして強奪事件を追う刑事コンビなど、様々な背景を持つ人たちの人間模様が交錯する。作者は多くの登場人物たちを自由に操り、物語を彩っていく。
この作品にはいくつもの軸がある。日本縦断カーラリー、愛人の夫にはめられて愛人を轢いてしまい執行猶予判決を受けてしまった男の復讐劇、札幌で起きた8500万円強奪事件の犯人捜し、そして田浦二郎の物語である。カーラリーでは、主催者側と参加者側の動きを追うとともに、いわゆるトラベルミステリ的な風景描写も見所である。参加者側も全員ではないが複数の人物に視点を当てている。特に順位よりも旅を楽しむことに重点を置いている東老夫婦には癒される。
これだけ盛り沢山の内容を、作者はいとも簡単にまとめきっている。視点の切り替えは多いが描写が巧みなので描き分けができていないなどといった不満はなく、テンポが良くて余計な描写はないので読んでいて楽しい。しかも殺人事件が起きての犯人捜しも入るのだから、何とも贅沢な小説である。特に復讐劇を企む犯人の正体は、巧みに隠されていたと思う。本格ミステリとしても十分に楽しめる。残念なのは、北海道以降のレース展開や風景描写が簡単になってしまったことぐらいだろうか。せっかくのミステリーツアー、もっと楽しみたかった。スポンサーである郷宮弥右衛門ももっと絡むと面白かったかもしれないが、それはさすがに贅沢か。
これは文句なしの傑作。うるさ型のミステリファンも、キオスクで暇つぶしに文庫本を手に取る層も楽しむことができる作品である。これが絶版なんて、何と勿体ないことか。