平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

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司城志朗『ゲノム・ハザード』(文藝春秋)

ゲノム・ハザード

ゲノム・ハザード

イラストレーターの鳥山敏治は、早く帰るはずだった誕生日の夜、仕事で遅くなってしまった。部屋に入るとリビングに17本のキャンドルが灯り、妻が死体となって倒れていた。慌てて抱き起こすと電話が。それは、妻である美由紀からの電話だった。美由紀は帰りが遅いのに腹を立て、実家に帰ったという。そこへ訪れてきたのは2人組の刑事。隙を突いて逃げ出した鳥山を助けたのは、通りかかったフリーライターの奥村千明だった。その後、友人である伊吹克彦の家に匿ってもらうが、伊吹は不審な電話を掛けていたため、そこから逃亡。結局千明の部屋に舞い戻る。その後鳥山は、千明から1年前にイラストで受賞した記事を見せられる。そこに写っていたのは別の顔だった。

1998年、第15回サントリーミステリー大賞読者賞受賞作。加筆後同年4月に刊行。

矢作俊彦との共著『暗闇にノーサイド』で1983年に第10回角川小説賞を受賞するなど、キャリア充分のベテラン作家である作者のサントリーミステリー大賞読者賞受賞作。正直言って、これほどのキャリアの人がなぜ応募したのだろう。

書き慣れていることもあるだろうが、サスペンスの運びはさすがである。何一つわからないまま不思議な事態に巻きこまれ、自分自身の謎と追われる恐怖が混在してスピーディーに展開される。ゲノムやDNA、ウイルスなどの専門用語が駆け足の説明だけでポンポン飛び交うのにはちょっと閉口したが、発想とストーリーがよく練られており、科学サスペンスとして一見の価値がある作品に仕上がっている。

問題は、ヒロイン?に位置する奥村千明に、何の魅力も感じないところだろうか。別に部屋が汚れていようが、髪がぼさぼさで化粧をしていなくても構わないのだが、何というか人間的魅力に欠けているのが残念。それに読み終わっても、千明が事件に関与し続ける理由がぼやけているというのが、この作品を今一歩で終わらせているところである。

当時『パラサイト・イブ』などの医科学系作品が出てきたこともあって、それに触発されたのではないかと思う。まあ、これだけのベテランに大賞を与えるのは、選考委員としても難しいだろうとは思った。

この作品、なぜか文春からは文庫化されず、大幅加筆改稿の上『ゲノムハザード』と改題されて2011年1月に小学館から文庫化。小学館から出たのは、当時ドラマなどのノベライズを出していた縁だろうか。2012年には映画化され、2014年1月に公開されている。