平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

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小野博通『キメラ暗殺計画』(角川書店)

キメラ暗殺計画

キメラ暗殺計画

来日中のジョージ・H・バックバーグ米国大統領が京都を訪問中、ヘリコプターから投下された、ダーツの投げ矢を小さくしたようなものに刺された。その針には、血液抗凝固剤ヒルジンが塗られていた。出血多量でジョージは病院へ運ばれるが、ジョージはAB型RHマイナスという日本人には珍しい血液型であり、日本には僅かしかストックがなかった。海外で知名度の高い敏腕外科医であり、国立千里ガンセンターに所属し、万が一のために病院でスタンバイしていた岸田健は、レントゲンで例外的に大きく発育したスイ臓ガンを発見する。ヒルジンによるガンからの出血性ショックにより重体となったジョージは、前日の夕食会で友人となった岸田にすべてを託す。岸田は、がんの摘出を含めた大手術に挑んだ。同じ血液型の人物からの大量輸血や、沖縄やグアムからの軍用機による血液が送られ手術は成功したが、数日後に大統領の様態が急変する。AB型を輸血したはずなのに、ジョージの血尿からA型とB型の血液が認められたのだ。輸血された血液の中に、A型とB型の赤血球を持ち合わせたキメラの血液が混じっていたのだ。

1993年、第13回横溝正史賞優秀賞受賞作。1993年5月刊行。



作者は現役のフリー外科医(当時)であり、ダイエット本などの著書がある。また1985年には、カッパノベルスから『腎移植殺人事件』というミステリを出版している。

さすが外科医というだけあって、大統領を手術するシーンの臨場感はなかなかのもの。キメラ型血液型を利用するトリックの説明もこなれており、自分の職業知識を十分に活かした作品と言える。とはいえ、大統領を殺害するのならなにもこんな複雑なトリックを用いなくても、最初の毒針を使うところで別の毒を使えばよかったんじゃないかと思うのは私だけだろうか。

作品全体を見てみると、主人公である岸田をスーパーマンにしてしまった綻びがあちらこちらに目立つ。大統領を手術したからといって、政府関係者を通さずに記者会見を開いてぺらぺら喋るし、外交問題になりかねない総理大臣との会話を勝手に話すし、挙げ句の果てに事件の謎を解くとまで言い放つ有様。誰が考えたって許されるものではないのだが、普通にヒーローに収まっているのはどうしたものか。事件前に大統領や家族から食事を招かれるのは、手術時における相手への信頼を示すための前振りとしてわからないでもないが、大統領の娘ニコラを連れて『ローマの休日』のように京都観光旅行させるのは、事件と何の関連のないエピソードであり、不必要な部分である。

最後に犯人へ自供を迫るシーンは、人権侵害だ、脅迫による自白であって無効だ、などと色々な文句が出るだろう。それに犯人像や動機も無理がある。

いってしまえば、登場人物ばかりでなく、作者も調子に乗りすぎて筆をすべらせた、というのが本作品の評価である。人物造形や展開も安っぽい劇画を見ているようであり、優秀作止まりも仕方が無いところ、だろうか。