平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

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曽根圭介『鼻』(角川ホラー文庫)

鼻 (角川ホラー文庫)

鼻 (角川ホラー文庫)

人間たちは、テングとブタに二分されている。鼻を持つテングはブタに迫害され、殺され続けている。外科医の「私」は、テングたちを救うべく、違法とされるブタへの転換手術を決意する。一方、自己臭症に悩む刑事の「俺」は、二人の少女の行方不明事件を捜査している。そのさなか、因縁の男と再会することになるが…。日本ホラー小説大賞短編賞受賞作「鼻」他二編を収録。大型新人の才気が迸る傑作短編集。(粗筋紹介より引用)

2007年、「鼻」で第14回日本ホラー小説大賞短編賞を受賞(この年の受賞作はこれのみ)。作者は同年、『沈底魚』で第53回江戸川乱歩賞を受賞している。本作品は書き下ろし2編を含み、2007年に刊行。



個人が全て株式上場され、学歴や経歴、日頃の行いだけではなく、家族や友人の優劣も含めて全てが評価される世界。平凡な家庭に生まれた主人公は努力でエリートクラスまで評価を上げ、結婚まで決まっていたが、兄の逮捕をきっかけにどんどん株価が落ちていった。「暴落」。

目を覚ますと、なぜかビルとビルの間の路地に手錠で繋がれていた主人公。呼べど叫べど、誰も助けが来ない。飢えと渇きに悩む主人公の所へ現れる3人がそれぞれ現れた。当然助けを求めるが、全く役に立たない。「受難」。

この2編はどちらも一人称で書かれるホラー作品。「暴落」は近未来の日常、「受難」は現代の非日常と舞台こそ違うが、異常な状況設定であることに変わりはない。世界観を詳細に説明することなく、読者を作品世界に引きずり込むその筆力はかなり高い。

「暴落」はその転落振りのすさまじさも見事だが、結末にいたる展開についてはもう唸るしかない。絵を浮かべるととてもおぞましいのだが、どことなくユーモラスな流れに読めてしまうのは、作者の筆の巧さだろう。個人的には一番評価が高い。

「受難」は、主人公を全く助けようとしない3人の姿がユーモラスでかつ恐ろしい。彼らの言動だけを取りあげるとどことなく笑えてしまうのだが、対する主人公の切実さと比較してしまうと、そこに背中が震えるような恐怖が漂ってくる。

そして受賞作となった「鼻」。テングとブタに二分されている社会が書かれ、ああ、また異常な状況設定が書かれるのかと思いきや、自己臭症に悩む刑事によるモノローグが随所で挟まれる。なんだこれはと思いながらも読み進めていくと、最後でその仕掛けがわかる仕組みになっている。状況を把握しづらいという欠点を感じたが、そのトリッキーな仕掛けに気付いた時の恐怖感は相当なもの。これは解説を読んでからもう1度読んでみると、別の面白さを見つけることができるかも知れない。

それにしてもこの短編集、ホラーならではの恐怖も存分に描かれているし、リーダビリティも非常に高い。少なくとも乱歩賞受賞作『沈底魚』よりずっと面白い。発表当時、なんでもっと話題にならなかったんだ? ランキングに入ってもおかしくない作品集と思える。