
- 作者: 玖村まゆみ
- 出版社/メーカー: 講談社
- 発売日: 2011/08/09
- メディア: 単行本
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2011年、第57回江戸川乱歩賞受賞作。
本作品はタイトルやカバーイラストが、時代遅れの編集者が携わったような青春小説みたいなイメージがあったのだが、読み終わってみると本当に青春小説だったので驚いた。人格崩壊者の登場やDVなど重いテーマも扱っているから、単純に明るいだけの作品ではないのだが、主人公の軽さが作品全体を覆っていて、深刻さが伝わってこないことは事実。逆に言うと、人格が崩壊している瀬尾貴弘などという人物を出さず、主人公の水沢浹を中心としたストーリーだけでまとめてもよかったのではないか。浹と岩代がアルバイトをしている現場の孫請けの話などは中途半端で切れている点が残念だし、大山スミレという特異なキャラクターはもっと動かせたはずだ。
選考委員の内田康夫が書いているとおり、「皇居内の盆栽」「ロッククライマー」「三人の病人」の三題噺を取りまとめたような作品。國生肇が自分で動くこともできない肥満体(言葉を濁しているが300kgぐらいか)であるところなどは漫画チックかもしれないが、現代読者がこの程度のことでリアリティがないと言って切り捨てるとも思えない。問題は読者が納得するだけの世界観が書けているかどうか。その点についてはクリアできていると思う。
主人公と同様、ストーリーに妙なパワーを感じさせる作品である。読んでいて面白いし、読後感そのものも悪くない。三題噺を結びつけた手腕もなかなかのもの。問題は前半が冗長で後半は駆け足になったことと、視点の切り替えが下手なこと。クライマックスとなるべきクライミング部分が、ほんの僅かしか書かれなかったのは、非常に勿体ない。それに視点の切り替えが、前半部分をわかりづらいものにしている。岩代の視点を無くせばもう少し整理できたのではないか。
また、寺に預けられていた子供の斑鳩と浹の心の触れ合いも見所の一つなのだが、それだけに最後のシーンはちょっと納得がいかない。桐野夏生が語った不満は、私も同意見である。
正直に言えば欠点の多い作品だろう。選考委員の意見を受けて書き直してはいるのだろうが、それでも不満の残る点は多い。しかしこの熱気は、読者を引きつけるものがある。うまく育てば化けるかも知れない。作品の方向性は違うが、福井晴敏のときと同じような印象を抱いた。あとは編集者がきちんと面倒をみることができるかどうかである。
なおオンサイトとは、フリークライミングにおいて、目標のルートについて情報をもたないまま最初のトライで完登することで、完登スタイルの中でもっとも価値の高いものとのこと。作中で環が「今回は完全に盗む方の完盗か」などと話しているが、これはセンスが古い。応募時のタイトル「クライミングハイ」もセンスはないが、もう少し味のあるタイトルを付けることはできなかったのか。