平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

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深緑野分『オーブランの少女』(創元推理文庫)

 比類なく美しい庭園オーブランの女管理人が殺害された。犯人は狂気に冒された謎の老婆で、犯行動機もわからぬうちに、次いで管理人の妹が自ら命を絶つ。彼女の日記を手にした「私」は、オーブランに秘められた恐ろしい過去を知る……楽園崩壊に隠された驚愕の真相とは。第七回ミステリーズ! 新人賞の佳作となった表題作の他、醜い姉と美しい妹を巡るヴィクトリア朝犯罪譚「仮面」、昭和初期の女学生たちに兆した淡い想いの意外な顛末を綴る「片想い」など、異なる場所、異なる時代を舞台に“少女"という謎(ミステリ)を描き上げた、瞠目のデビュー短編集。(粗筋紹介より引用)
 受賞作「オーブランの少女」、『ミステリーズ!』掲載作品「仮面」に書き下ろし三編を加え、2013年10月、ミステリ・フロンティアより刊行。2016年3月、文庫化。

 

 美しい庭園オーブランで管理人である姉が殺され、妹が自殺した。妹が遺した日記に書かれていた、悲しい過去とは。2010年、第七回ミステリーズ!新人賞佳作「オーブランの少女」。
 ヴィクトリア時代のロンドンの雪の夜。アトキンソン医師は、醜い顔をしたメイドのアミラと、美しい妹で踊り子のリリューシカという二人の少女を救うため、バルベル夫人を自然死に見せかけて毒殺した。「仮面」。
 嵐の日曜の昼、10年近い常連客の男以外には誰もいないレストラン。隣町に住むという一人の少女が飛び込んできて、トマトのサラダを注文した。店主は過去にあったただ一度の過ちを思い出す。「大雨とトマト」。
 昭和の初め。東京の高等女学校の寄宿舎に住む、群馬出身で16歳の岩本薫子。今年の春、長野の高女から編入してきた同室で人気者の水野環とは、凸凹コンビと名付けられる親友同士。ある日、環が外出中に寄宿舎に来たのは、水野家の老女中で、父が退院したのでなるべく早く戻るようにと伝言した。「片想い」。
 ラズトリヤ湖の畔にある小さな漁村で、初老の漁夫が湖から首の無い死体を引き上げた。どうやら数十年前までラズラト河の上流に存在したユヌースクから流れてきた、かつての囚人らしい。その夜、村の唯一の酒場で白髪の吟遊詩人が歌ったのは、首の無い人物も絡んだ、ユヌースクが滅びる直前の出来事だった。「氷の皇国」。

 

 作者の受賞作を含むデビュー短編集。いずれも少女が物語に絡んでいるが、それ以外は時代も舞台も、そして作風すら異なる五編が収録されている。
 「オーブランの少女」は作者が初めて書いた小説とのことだが、なんだこの巧さは。読み終わって思わず驚いてしまった。これはと思って「仮面」を読みはじめると、前作品の戦時中のフランスからタイムスリップしたかのように時代と舞台が飛んでいき、さらに驚く。そんな驚きと、そして物語の甘美さに酔いしれる五編。いずれも面白く、いずれも意外性があり、そして少女の運命に思いを馳せる。
 どれも面白かったが、どうしても一つを選ぶなら、ちょっと長めの「氷の皇国」。北欧の架空の国を舞台としているが、季節感や人々の暮らしぶりも違和感なく物語に溶け込んでいるし、さらに王家と周辺の人々を巡るドラマティックな展開は感動もの。意外性は抜群で、史劇を思い起こさせる異国の物語にミステリの調味料が掛けられた傑作である。
 こんなに完成度の高い短編集が読めて満足。なんで出版当時に読まなかったのだろうと悔やまれる。