平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

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川瀬七緒『よろずのことに気をつけよ』(講談社)

よろずのことに気をつけよ

よろずのことに気をつけよ

心臓を潰され、肋骨も皮膚もずたずたの状態で殺害された老人、佐倉健一郎の孫娘佐倉真由が、呪術研究専門家の仲澤大輔のところを尋ねてきた。縁の下に埋められていたものは、布にくるまれた竹筒。その中にあったものは、50〜60年ほど前に造られた呪術符。その和紙には人骨と髪の毛が漉き込まれており、墨は酒と血で磨ってある。中学校の教師を辞めた後は、他人との接触すらほとんど断っていた老人に、どのような呪いがかけられていたのか。真由とともに賢一郎の過去と呪術符の謎を追う仲澤。捜査を担当しているは森居警部補と菊田刑事は、真由の父が新興宗教に填っていることに殺人の動機があるのではないかと疑っていたが、知り合いの占い師である湯山信二、さらにホームレスの鳥博士野呂英明より情報を得た仲澤は、真由とともに高知、更に山形へ犯人の手掛かりを求める。

2011年、第57回江戸川乱歩賞受賞作。



一言をもって評すれば達者。それがこの作品を読み終わった後に浮かんだ言葉である。呪いをキーワードにした事件の真相、一つの謎が解かれると次の謎が現れるという古典的ながら読者を飽きさせない展開、主人公から脇役にいたるまでの人物描写の巧みさ、会話文を主体としたテンポのよい文章と、これが本当に新人かと思わせるほどの作品である。前作が最終選考に残ったとはいえ、これが本当に二回目の応募作とは思えないぐらい巧い。ただしその巧さは、ベテランが読者を飽きさせないで読ませるという巧さであり、完成度は高いものの、評価とすれば佳作止まりだろう。似たような傾向がある京極夏彦三津田信三に比べると、パワーを抑えて小さくまとまってしまった感がある。まあ、その分読みやすくて読者に配慮しているとも言えるのだが。

主人公が謎を追いかけるうちに、いつの間にか事件の真相に辿り着くという展開であるため、謎解きという点ではやや物足りないことが残念だが、後半からクライマックスに至るまでの緊迫感はなかなかのもの。結末を意外な形で落ち着かせた手腕も悪くない。ただ、会話文が主体となっているため、専門的な内容も会話による説明が主となり、やや散漫な印象を与える結果となったのは残念。場面に応じて、要約を纏めるという形を取ってもよかったのではないだろうか。

選評で京極夏彦が「作品の根幹に無理解と誤謬がある」と書いているのだが、いったいどこが問題なのかはさっぱりわからず。気になるところだが、既に修正されているのだろうか。「学者によって見解が別れる」程度の内容だったら問題はないと思う。それと東野圭吾が「学者と警察が手を組む」云々をいっているが、普通の警察だったら、いくら学者の言葉とはいえ、呪いをまともに取り上げることはないと思われる。今回の作品における警察の関与はむしろ好意的な方であり、それほど違和感はなかった。
作者の経歴を見ると、呪術の方面は専門外のように思われるが、少なくとも素人の読者を納得させるだけには充分咀嚼されていると感じた。今度は違う題材の作品を読んでみたい。本作品の出来を見る限り、社会派推理小説を書いた方がその資質を生かせるのではないかと思わせるのだが。