平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

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光原百合『扉守』(文藝春秋)

扉守(とびらもり)

扉守(とびらもり)

瀬戸の海と山に囲まれている潮ノ道を舞台とした、小さな奇跡の物語集。副題は「潮の道の旅人」。

伯母の七重が店主の小さな飲み屋でアルバイトをしている大学生の由布。店の常連客である浜中が、息子が建てた茨城の新築へ引っ越すこととなった。七重はもう一度潮ノ道に戻ってこられる言い伝えがある、店にある井戸の水を飲ませる。「帰去来の井戸」。

白球山の上にある古い洋館は、解体しようとすると必ず妨害が入る。その小幡屋敷にいるのは「畳たたき」という妖怪らしい。問題を解決するために呼ばれたのは、劇団天音の人たち。「天の音、地の声」。

女子高生の雪乃は不満がありながらも周囲に言い出せずにいた。ところが友人と映画を見た帰り道で立ち寄った雑貨屋で、不倫の末に刺し殺された女性の幽霊を見る。それ以降、雪乃は周囲に口答えをするようになり、周囲を驚かせる。「扉守」。

女子高生の早紀は、持福寺に滞在中の絵師・行雲が描いた桜の木の側で若い男の人影を見た。三日後、早紀がその絵を見たときは桜の花が増えていた。「桜絵師」。

 結婚した友人の晃代から来るメールは、家庭での愚痴ばかり。そして必ず付け加えられる「独身のあなたが羨ましい」。そんな彼女のメールに苛立つ祥江の前に現れたのは、フォトアーティストと名乗る美貌の若者、菊川薫。「写想家」。

女子高生の友香は、手編みのマフラーを片思いの相手に渡せずにいた。そんなある日、新久嶺亜霧という編み物作家の袋から、赤ちゃん用の靴下が飛んで逃げていったのを目撃する。「旅の編み人」。

幻のピアニストと呼ばれる神崎零と、マネージャーで専属調律師の木戸柊が、再び潮ノ道でコンサートを行った。神崎の演奏に魅入られ、潮ノ道で毎回スタッフを買って出ている静音は、弦を張っても翌日には切れてしまうピアノが自宅にあることを話してしまう。「ピアニシモより小さな祈り」。

オール讀物』2003年〜2009年に断続的に掲載(「桜絵師」のみ『小説現代』)された連作短編集。2009年11月刊行。



舞台となっている潮ノ道は、作者が今も住んでいる尾道がモデル。「おのみち」に「し」を付けただけで、海と坂の町である「潮ノ道」をうまく表現したことには感心した。ここでつけられた「し」は、やっぱり「詩」なのかな。

いずれの作品も、ちょっと不思議な能力を持つ人たちが出てきて、ハートフルな物語が展開される。人によっては生ぬるさとか偽善さを感じるかもしれないが、個人的にはたまにこういう優しい物語を読むのも悪くないと思っている。

作品に独特の雰囲気をもたらせてくれている持福寺住職の了斎が全話登場。この"潮ノ道ファンタジー"シリーズは続くという作者の言葉があるので、できれば最後には了齋が主人公の話を読んでみたい。

まあ、できれば作者のミステリもたまには読んでみたいところだが。