平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

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佐木隆三『詐欺師』(文春文庫)

詐欺師 (1982年) (文春文庫)

詐欺師 (1982年) (文春文庫)

昭和50年、足利銀行の貸付係の女性が架空名義で二年間にわたり、二億円もの金を引き出し、旅先で知り合った男性に貢いでいた詐欺事件を題材に、頻発する女子銀行員による金融犯罪に鋭いメスを入れた長篇犯罪小説。共犯の男性に犯罪の道に引きずり込まれる、かよわき“隣人としての犯罪者”の犯罪心理を探る。(粗筋紹介より引用)

「朝の痛み」というタイトルで『潮』1977年1月号〜1978年1月号まで連載。1978年4月、今のタイトルに改題されて潮出版社より単行本刊行。1982年2月、文春文庫で文庫化。



滋賀銀行9億円横領事件の衝撃がまだ記憶に残り、まだ裁判中であった1975年、足利銀行栃木支店で似たような横領事件が発覚した。

足利銀行栃木支店の貸付係Oは1973年8月、友人との東北旅行(失恋旅行だった)でAと出会う。AはOに言い寄り、10数日後には肉体関係となった。AはOに結婚するために、自分が所属する国際秘密警察を抜ける必要があると、まず100万円を要求。Oは当初自分の預金や父親の定期預金等で金を渡していたが、Aは要求をエスカレートしていった。金が無くなったOは9月以降、架空の定期預金証書を担保に貸し出す手口で不正に金を引き出し、合計69回、2億1190万円を横領した。Aはその金で競馬の予想情報を売る「国際ユニオン」という会社を設立し、入社した女性社員に手を付けて結婚すると同時に、複数の愛人との生活を続けていた。

1975年7月、大蔵省による拘束性預金(債務者から受け入れた預金のうち、自由に払い出せないように銀行が拘束している預金)の調査をしていた支店主査の調査により、不正貸し付けを発見。担当者であるOに確認したところ、あっさりと自白。7月20日、栃木署は詐欺、横領容疑でO(23)を逮捕した。22日、A(26)を全国指名手配した。Aは愛人と逃亡するも、9月17日、金沢で愛人が、18日、東京でAが逮捕された。Oは逮捕されるまでAのことを国際秘密警察員のIと信じ切っており、本名や住所を全く知らなかった。

この時、支店の役員は事件発覚の数日後、身元保証人だったOの叔父に債務履行の念を書入れさせ、土地田畑、山林の権利書まですべて取り上げていた。またOの父親には8000万円を請求したが、新聞に「回収」の事実を大きく報道されたため、300万円に減額した。取締役支店長は本店調査部に更迭され、9月に依願退職。支店の役席者は全員降格。さらに会長以下のほとんどが減俸処分を受けた。

Aは利益が全く上がらない会社の投資に1億2000万円、競馬などのギャンブルに6000万円、愛人との生活に3000万円を使っていた。



本書では小林直子、勝呂昭之と名前を変えており、会社も「国際メンバーシップ」となっている。タイトルの「詐欺師」は、愛人がAを罵るときに使う言葉から取ったようだ。多数の登場人物から事件を徐々に浮かび上がらせる形式であるため、時間軸が今一つつかみにくい。小林の周囲にいる銀行行員や家族、そして勝呂の周囲にいる会社の部下などが多数登場し、描き分けも今一つであるため、相関関係を把握するのにも時間がかかった。

本書では和久峻三『裁かれた銀行−滋賀銀行九億円横領事件』(角川文庫)に比べると、犯人たちに対する作者の感情がなく、淡々と書き進められている。そのため、小林直子という人物がなぜ犯行に手を染めたのかという点がわかりにくい。もっともこれは、作者にもわからなかったのかもしれない。本書によると、小林は最初こそ勝呂のことを愛しているが、途中からはその愛情も冷め、惰性的な関係を続けつつ、金を言うがままに支払っている。しかも銀行の上司とは不倫関係を続けていた。小林は当時としては結構発展化だったようだ。それでいて、国際秘密警察などという荒唐無稽な内容を信じているし、勝呂の本名も住所も知らないというのだから、いったいなぜ関係を続けていたのだろうか。金は本当に帰ってくると信じていたというのだから、呆れてしまう。

一方の勝呂も、荒唐無稽な言い訳を続けながら金を吸い取って会社を経営し、手段がないのに金を返すつもりだったというのだから、どこまで「詐欺師」の体質なのだろうと思ってしまう。こういう男でも女にはモテるというのだから、男と女の関係というのは難しい。

小説とは今一つだったが、事件を小説化してくれたという点では助かった。でも裁判の結末が書かれていないから、文庫化の時に加筆ぐらいしてくれたっていいのに。