平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

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北重人『汐のなごり』(徳間文庫)

汐のなごり (徳間文庫)

汐のなごり (徳間文庫)

北前船が着き、米相場が開かれていた北の湊。銭と汗の匂いのする町を舞台に、運命に翻弄されながらも、しなやかに生き抜く人々。想い人を待ち続ける元遊女や、敵討ちのため30年間、漂泊した果てに、故郷に戻ってきた絵師、飢餓で逃散以来、行方不明の兄と邂逅する古手問屋、米相場の修羅に生きる男など、心を打つ傑作6篇を収録。(粗筋紹介より引用)

2008年9月、徳間書店より刊行。2009年、第140回直木賞候補。2010年2月、文庫化。



元遊女で、住吉屋与四郎に身請けされ、遺言で譲られた汐浦の女将である志津。ただ一人恋い焦がれた男、吉蔵が自らの船の船頭となり、水潟へ帰ってくる。八年ぶりの文に、志津の心は躍る。「海上神火」。

天明の大飢饉で土地を捨て、山野から町へ彷徨う間に両親は死に、兄とは生き別れ、水潟に辿り着いた辰吉。古着問屋の木津屋に引き取られて目を掛けられ、商才を認めてくれて娘婿となり、名を継いで喜三郎となった。次男に店を引き継ぎ、孫に恵まれた喜三郎。そんなとき、取引先から、海羽山の山伏に、同じ津軽から逃散したものがいると聞かされ、愛に行くと、それは生き別れた兄だった。「海羽山」。

7年前に廻船問屋出羽屋の三男に嫁いだ笙は、1年前、子供を出羽屋に預け夫とともに敦賀に店を構えたが、立ち上げが思わしくなく、そのまま敦賀に残ってしまった。それがようやく帰ってくる。母親で、河岸問屋北嶋屋の隠居である千世は、よく遊びに来る笙の長男弥一を見て、小さいころに亡くなった弟の菊三をいつも思い出す。「木洩陽の雪」。

兄の箕輪与一郎が斬られ、政権争いから敵討ちがなかなか認められないまま脱藩した伝四郎が30年ぶりに酒出藩水潟へ帰ってきた。しかし、敵討ちの當麻桑次郎はすでに殺されていた。町奉行の喜田十太夫の元へ、絵師となった伝四郎が現れる。「歳月の舟」。

湯治場から二か月ぶりに帰ってきた薪炭問屋の大おかみ、お以登は、娘のお勢がいないことを不審がる。お勢の顔には陰があり、塞道も間もないのに人の手配は何も手を付けていなかった。店の者に聞くと、実はお勢は男に狂っていた。心配したお以登は、かつて夫の先代吉右衛門が恋に狂った相手であり、今は尼の妙慶尼に相談に行く。「塞道の神」。

水潟の米会所で建つ米市場で、米の値がどんどん上がっていった。その裏には、米会所を牛耳ろうとする河北屋寅造の目論見があった。砂越屋芳五郎はそんな河北屋に反発するが。「合百の藤次」。



舞台は日本海沿いの北の湊町、水潟。名前から新潟かと思ったが、実は作者が生まれ育った山形県酒田とのこと。寒さの厳しい湊町で生きる男と女の姿を描いた短編6編が収録されている。湊町の描写が素晴らしく、目に浮かぶかのようである。そして繰り広げられる人と人との触れ合い。生きる厳しさと美しさがそこに展開される。

最近追いかけている作者だが、どれを読んでもジンとくるものがある。アッというような展開があるわけでもないが、人が生きるたくましさとしなやかさ、そして美しさがそこにある。どのような寒い場所でも、灯を点せば暖かい。そんな生きる喜びを与えてくれる暖かさがここにある。

個人的に好きなのは「合百の藤次」。米市場で生きる男たちの闘いがさり気なく、そして強かに書かれている。その次は「海羽山」。子を想う親の心を書いた傑作である。

多分これからも、この作者の本を読み続けるだろう。すでに亡くなっていることが、非常に残念である。