平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

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水上勉『薔薇海溝』(光文社文庫 水上勉ミステリーセレクション)

薔薇海溝   水上勉ミステリーセレクション (光文社文庫)

薔薇海溝 水上勉ミステリーセレクション (光文社文庫)

伊豆で一人の女が自殺を図った。名は、軍司悦子。若き考古学者・梶田精之(かじたせいし)の“恋人”で、一年前、彼の前から忽然と姿を消していた。すぐさま病院に駆けつけた梶田。しかし目にしたのは全くの別人だった。自殺者は誰なのか。悦子はどこにいるのか。謎が深まるなか、事件の背後に、大きな犯罪の臭いがたちこめてくる。(粗筋紹介より引用)

週刊女性」昭和37年5月2日号〜12月26日号まで連載。昭和38年7月、280枚を書き加えて光文社カッパ・ノベルスより刊行。



セレクションと謳うぐらいだから、それなりに面白いところがあるかと思ったけれど、この作品のどこが面白いのかさっぱり分からない。今まで文庫化されてこなかったのも、ひとつには作者が不満を抱いていたからじゃないかと思ってしまうぐらい。同時期に『飢餓海峡』を連載し、かつ加筆の時期も同じ。『飢餓海峡』のあとがきで、「私はこの作品を書いたころから、推理小説への情熱を失っていた」と書いているぐらいだし、『飢餓海峡』に全力を向けていたから、この『薔薇海溝』という作品には手を抜いていたとしか思えない。

謎や背後にある事件そのものもとってつけたようなものだし、主人公もどこに魅力があるのか分からないぐらいもてる(けれど深い関係がないというのも笑える)。意味ありげに出てきた登場人物が何もしないままにフェードアウトするし、警察は素人を平気で捜査や会議に参加させる。最後も唐突な終わり方。タイトルの意味も不明。きれいな女性には薔薇のような刺があるということと謎が深い深い底にあるというようなことでも隠喩したかったのだろうか。

とりあえず約40年ぶりに文庫化されたことだけでもめでたいと祝うべきか。