平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

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安東能明『死が舞い降りた』(新潮社)

死が舞い降りた

死が舞い降りた

旋風とともに背後から襲い、喉を突き刺し、眼球を抉る。

過去を忘れ、何もなかったように生きる者こそ、わが標的。

そう、これは「狩り」なのだ……。

朝もやにけむる街でジョギング中の男が惨殺された。

死亡推定時刻は午前六時。蒼頸動脈、後頭部に深い創傷。頭部椎間板亀裂。左鎖骨部分骨折。眼球剥落。死因は外傷性ショック死。

遺留品は殆どなく、凶器も不明。行き詰まる捜査の果てに、やがて浮かんできたものは? 森に潜むものの復讐を描くサスペンス!(帯より引用)

1994年、第7回日本推理サスペンス大賞優秀作(大賞はなし)。応募時タイトル「褐色の標的」。1995年1月刊行。



作者は1956年生まれ、静岡県出身。明治大学卒業後、浜松市役所に勤務。前年に『真空回廊』で日本推理サスペンス大賞の最終候補まで残った。後に『鬼子母神』で2000年、第1回ホラーサスペンス大賞特別賞を受賞。同年、『漂流トラック』が大藪春彦賞の候補作となる。

宮部みゆき高村薫が大賞、乃南アサ天童荒太が優秀作と蒼々たる名前がそろう日本推理サスペンス大賞。日本テレビが主催で新潮社が協力と、テレビ局側が前面に出ていた(サントリーミステリー大賞は朝日放送文藝春秋サントリーが主催)というのが大きな特徴であった。わずか7回で終了したが、本作品はその最後の回の優秀作。残念ながら大賞には選ばれなかった。読んでみるとやはり大賞には遠い作品であった。

物語は主に二つの視点で進む。一つは犯人である藤岡光男。そしてもう一つは殺人事件を追う本庁捜査一課第四係の雪島警部補である。事件の方は謎の凶器に不明な動機、そして被害者の過去に隠されたある社会問題と、警察小説ならではの材料はそろっている。所々で在り来たりな警察機構の問題点を持ち出すところは、あれもこれも詰めてやろうという新人らしい失敗だが、読んでいてもそれほど気にならない。ただ、警察側の人物のいずれも顔が見えてこないという人物描写の薄さは気になった。それ以上に気になるのは犯人である藤岡側のストーリーである。このストーリーが絡むことによって、作者が主張したいことがまったく見えなくなっている。人物としての描写がほとんどなく、藤岡やその周囲を取り巻く人物像がまったく見えてこないことに加え、事件や凶器の謎(というほどのものでもないが)についてもネタばらしをしているに等しい。せめて藤岡から怒りが感じられればよかったのだが。

調べた材料を消化するだけで終わってしまった作品である。雪島の視点だけで物語を進めた方が、事件の背景や藤岡の動機などがストレートに読者に伝わっただろう。被害者の視点が序盤で少し出てきたが、完全に蛇足である。面白いと思えるところ、褒めることができるところは全然見あたらなかった。ま、堅実な刑事ドラマを作る分にはよかったかもね。

ついでに書くと、選評の島田荘司もし適しているがこの凶器で遺留品を殆ど遺さないというのは不可能に近いと思う。リアリズムな描写に徹しようとしながら、こういうところで首をひねるようなものを残すのも、マイナスポイントであった。



どうでもいいんだが、巻末にある本の案内で、大賞受賞作である有沢創司『ソウルに消ゆ』に“大賞受賞作”と書かれていなかったのはなぜなんだろう。