- 作者: 蒼井上鷹
- 出版社/メーカー: 双葉社
- 発売日: 2005/11
- メディア: 新書
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朋美に頼まれた蓑田が尾行していた男は、寿司屋でどんぶりの中に寿司と茶碗蒸しをぶちまけて、かき混ぜてぐちゃぐちゃにしたものを食べた。第58回日本推理作家協会賞短編賞候補作「大松鮨の奇妙な客」。
不倫相手との逢瀬から帰ってきた男は、夫相手に不倫をうまくごまかすことができたが。ショートショート「においます?」。
インターネットで小説を公開していた相尾につきまとうストーカーの正体は。「私はこうしてデビューした」。
朝から食卓にギネスがある幸せ。ショートショート「清潔で明るい食卓」。
お気に入りのバーでつきまとうようになった初老の客にいらつく男。「タン・バタン!」。
ストーカーに悩む美人ミステリ作家に男が提案したのは、替え玉を用意することだった。ショートショート「最後のメッセージ」。
バーテンダー見習いのノリオは花粉症だった。憧れである客の女性からいい病院を紹介してもらったが。「見えない線」。
美人バーテンダーに向かって客が言った。「九杯目には早すぎる」、と。ショートショート「九杯目には早すぎる」。
日曜の夕方、佐伯は近所に住む上司に見つかり、居酒屋で飲む羽目になった。そうしたら、上司にも自分にも予期せぬ事態が生じた。第24回小説推理新人賞受賞作「キリング・タイム」。
酒や酒場にまつわる9つの短編を集めた、作者のデビュー作。
本屋で見かけ、思わず手に取ってしまった短編集。久しぶりに本が私を呼んでくれた。「酒や酒場にまつわる」と書いたが、実際のところ酒にあまり関係のない話もあるから、ちょっと強引なつなぎ合わせか。まあ、そんなことはどうでもいい。
この作者、一言でいえば、肩すかしがうまい。振りかぶったときはカーブの握りなのに、バッターの手元に来たときはなぜかシュートしている。そんな感じの、奇妙な味わいがたまらないのだ。例えば「大松鮨の奇妙な客」。尾行されていた男が寿司屋で奇妙な行動をとる。ミステリファンなら、有名なトリックを思いつくだろう。ところがどっこい、作者は……、おっとこの先は読んでからのお楽しみ。まあ、肩すかしを食らって、呆気にとられたまま終わる作品もあるのだが。
「キリング・タイム」にしろ、「大松鮨の奇妙な客」にしろ、事件に巻き込まれる登場人物の慌てぶり・情けなさが何ともいえない笑いを醸し出している。また逆に、犯罪に手を染めようとしている登場人物のみみっちさ、せこさもいい味わいだ。コメディとも違うのだが、ブラック・ユーモアやサスペンスでもない。うーん、なんといえばいいのか。「奇妙な味」としかいいようがない。異色作家短編集の「奇妙な味」とも違う味ではあるが。
ショートショートなら表題作を選びたい。本格ミステリファンなら当然思い浮かぶあの作品が、作中でうまく使われている。
作品の出来に波があるところや、状況説明や人物描写が今ひとつでわかりにくい(「私はこうしてデビューした」は書き直しさせたいね)などの欠点もあるけれど、この人は化けるよ、絶対。さすがに本作品がベストに入るとまではいわないが、今から注目しておくべき作家であることは間違いない。