平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

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真保裕一『灰色の北壁』(講談社)

灰色の北壁

灰色の北壁

黒部の羆と呼ばれる男がいた。二年前に山岳警備隊を引退し、今はただの山小屋のオヤジだった。小屋仕舞いの日、警備隊の分隊長から無線が入る。二日前に山に入った二人組みのパーティの一人が滑落し、宙吊りになっているという。分隊長は遭難者の確認を要請してきたが、天候から出動が難しいと判断した男は一人、救助に向かう。「黒部の羆」。

「二十世紀の課題のひとつ」とまでいわれたヒマラヤ山脈カスール・ベーラの北壁をたった一人で初登攀してみせた男、刈谷修。山岳冒険小説で名をはせた私は五年前、刈谷の偉業に疑惑を投げかける形になったノンフィクションを執筆した。刈谷は疑惑を晴らすと再び山に向かったが、落石事故で死んだ。刈谷を死なせたのは私か。ノンフィクションに隠された真実とは。「灰色の北壁」。

三年前、後輩二人との雪上訓練をかねた登山中、坂入譲は遭難死した。そして今、父親の慎作は息子が死んだ山へ向かう。譲の婚約者だった岡上多映子は、坂入家が無人で片付いていることに不審を抱き、譲の従兄弟である野々垣雅司に助けを求める。そして慎作が山に向かったことを知った二人は、慎作の後を追いかける。「雪の慰霊碑」。

名作『ホワイトアウト』から10年。待望の山岳ミステリー集。



うーん、どういえばいいのかな。あの名作『ホワイトアウト』以来の山岳ミステリー集とあったから、『ホワイトアウト』のような冒険小説かと思っていたのだが、実際は中編集だったし、山岳を舞台としているとはいえ、どちらかといえば山にまつわる人間たちの心理ドラマという面が強いので、ある意味期待はずれだったと思ってしまった。まあ、これははっきりいって出版社側の煽り文句が悪いし、それ以上に帯の言葉によけいな先入観を抱いていた自分が悪いだけなんだが。

先入観さえ除いて作品をじっくりと読んでみたら、味わい深い作品が多い。特に表題作「灰色の北壁」は、途中まで語り手が書いたノンフィクションを挟む結末までの構成が見事だし、刈谷が再び山に挑む動機には思わずあっといわせられる。また「黒部の羆」で使われている今時の趣向も、本作に限っていえばかなり効果的だろう。

昔の真保はネタがよくて面白かった作品が多かったが、本作はネタもさることながら、料理の腕が抜群であると言っていいだろう。手に汗握る展開という要素はなくなったが、登場人物の細かい心理描写ややり取りなどをじっくりと楽しむことができる。物語の面白さが、一段と深まるわけだ。



ただ、それでもなあ。『ホワイトアウト』みたいな冒険小説を期待していたんだけどなあ(ああ、しつこい)。