平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

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下村敦史『生還者』(講談社)

 

生還者

生還者

 

  ヒマラヤ山脈東部のカンチェンジュンガで大規模な雪崩が発生、4年前に登山をやめたはずの兄が34歳の若さで命を落とした。同じ山岳部出身の増田直志は、兄の遺品のザイルが何者かによって切断されていたことに気付く。兄は事故死ではなく何者かによって殺されたのか―? 相次いで二人の男が奇跡の生還を果たすが、全く逆の証言をする。どちらの生還者が真実を語っているのか? 兄の死の真相を突き止めるため、増田は高峰に隠された謎に挑む! 新乱歩賞作家、3作目の山岳ミステリー!(BOOKデータベースより引用)
 2015年7月、書き下ろし刊行。

 2014年の乱歩賞作家、下村敦史の長編第三作。雪崩からの生還者のうち、個人で登って遭難しかかった高瀬は、偶然出会った登山隊のメンバーに助けを求めるも見捨てられたが、メンバーの一人である加賀谷だけが助けに来てくれたという。一方、登山隊のメンバーで唯一生還した東は、加賀谷は猛吹雪でビバーク中、一人で荷物を持ち逃げし、助かろうとした。登山隊は高瀬という人物に会っていない、と告白。高瀬はその後一切の取材を拒否した。登山隊のメンバーに居た兄の真実を知るべく、増田直志は、登山経験のある雑誌記者の八木澤恵利奈とともに事件の真相を追う。
 登山家であれば例え見ず知らずの相手でも助けるというのが山の掟みたいなイメージすらあったのだが、実際のところはどうだろう。ただ、そんなイメージの中で生還者二人が全く異なる発言をするというのは、非常に面白い展開。一つ明らかになると新たな謎が出てくる展開はとても巧い。一般に馴染みのない登山についても、話の腰を折らない程度で説明がなされていて、読んでいて苦にならない。結末までテンポよく読むことができる。
 一方、登場人物が少ないこともあり、事件の真相は途中で透けて見えてしまう。そのため、話の展開がじれったく感じる点が残念。それを覆い隠すために登山のシーンが入ったのだろうが、最後の追跡シーンはかなり無謀に感じた。しかも、ブランクの長そうな恵利奈が追い付くあたりはやや説得力に欠ける。マスコミはともかく、警察がかなり無能に書かれている点は気になった。冬山のシーンはもう少しページを費やしたほうが、より臨場感を増したと思う。
 もうちょっと書きようがあったような気はするものの、ネパールの雪山という舞台での謎の提出はお見事としか言いようがない。若干の粗はあれど、よくまとまった山岳ミステリ。エピローグはやや甘すぎという気もしたが。