平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

漂泊旦那の日記です。本の感想とサイト更新情報が中心です。偶に雑談など。

吉田友美『現代の探偵・スパイ名鑑』(KOSAIDO BOOKS)

 本書は、日本で翻訳されている欧米の推理、冒険、スパイ、警察小説の『シリーズ・キャラクター』を集めた本です。
 収録の基準は①1980年以降に日本に登場したもの②登場年はそれ以前にさかのぼるが、80年代に顕著な活動を示したものとなっています。
 シリーズ・キャラクターですから、同一人物が最低二冊以上に出ていることが条件で、また、あくまでも日本への登場、日本での流通が基準となっているので、まだ一点しか翻訳・刊行されていないものは割愛しました。(「はじめに」より引用)
 「ザ・ヒーロー」「ザ・ヒロイン」と題して、東京新聞の読書欄に1988年10月から2年間わたって連載されたものに加筆。1991年1月、刊行。

 

 「はじめに」に書いてある通り、翻訳ミステリのシリーズキャラクター100名を紹介している一冊。紹介内容は(1)国籍(2)住所(3)年齢(4)職業(5)特徴(6)作品(7)作者。当然(5)と(6)にほとんどのページを費やしている。基本的に1人2ページで、スティーヴ・キャレラやバーナード・サムソン、スペンサー、ジョージ・スマイリーなどは4ページ紹介されている。
 1980~1990年が中心なので、全然知らない作者やキャラクターがいる(苦笑)。単に不勉強なのだが、こんな作者やキャラクターがいたんだ、という驚きがあった。そして、今も買えるのだろうか、と思わず調べてみたくなった。さすがにやめたが。
 しかしこれを東京新聞に連載していたのかと思うと、どれだけの読者が読んでいたのか気になった。本になるぐらいだから、反響はあったのだろうなあ。
 こういうのって、今読むとかえって貴重じゃないだろうか。多分ミステリ辞典でも読まなければ目に触れることがないだろうな、などと思ってしまう人たちが結構いた。当時の翻訳ミステリを調べたい人にとっては、結構役立つガイドかもしれない。特徴を説明するため、ちょいと軽いネタバレになってしまうところは気にかかるけれど。

東川篤哉『仕掛島』(東京創元社)

 岡山の名士が遺した二通の遺言状。一通目の遺言状に従って、一族の面々は瀬戸内の孤島・斜島に集められた。行方を晦ましていた怪しげな親族までもが別荘『御影荘』に招かれて奇妙な空気に包まれるなか、もう一通の遺言状は読みあげられた。翌朝、相続人の一人が死体となって発見される。折しも嵐によって島は外界から隔絶される事態に。相続人探しの依頼を受けていた私立探偵・小早川隆生と遺言執行人の代理を務める弁護士・矢野沙耶香、ふたりは次から次へ奇怪な事件に巻き込まれていく。鬼面の怪人物の跳梁、消える人影、そして一族が秘密にしていた二十三年前の悲劇――続発する怪事の果て、探偵たちの眼前に驚愕の真相が現出する!
 本屋大賞作家が満を持して放つ、謎解きの興趣を隅々まで凝らした長編ミステリ。(粗筋紹介より引用)
 『ミステリーズ1』No.76(2016年4月)~No.87(2018年2月)連載。改稿のうえ、2022年9月刊行。

 

 『館島』からえーと、何年後という設定になるんだ? とにかく舞台は2018年。一応前作から三十年後くらいという設定、でいいのか。前作を読んでいなくても、全く支障はない。
 東川篤哉らしいユーモアは健在。お調子者の探偵と、ツッコミ係の美人弁護士の即席コンビがドタバタを繰返しながら謎を解く展開。当然のことながら、館ものにふさわしいどでかい仕掛けも用意されている。そんな推理をするだけの材料があったのだろうかと考えてしまうのはさておき、怒涛の謎解きは迫力があるし、最後にほろっとするところがあるのはさすが。
 ただ、こんなバカバカしい仕掛け、わざわざ準備するだろうか、という根本的なところにツッコミを入れたくなってしまう。それに動き出した時点で音や振動でばれないか? それに警察を招くようなやり方するかな。過去の事件の後始末が台無しじゃないか。そもそも、二十三年前の事件の動機って明かされていたっけ?
 面白く読めるけれど、バカバカしいと思うかどうかが、この作品の評価の分かれ目になると思う。まあ、このバカバカしさが東川篤哉の魅力と言ってしまえばそれまでなんだけど。最近気付いたし、全部読んでいるわけではないのだけれども、ここ数年の東川篤哉って「謎が解かれる」という面白さがないんだよね。ドミノ倒しで言うと、パタパタ倒れる面白さはあっても、倒れた後に完成される絵がないというか。「本格ミステリ」というよりも「トリックのあるドタバタコメディ」にウェイトを置きすぎ。

歌野晶午『首切り島の一夜』(講談社)

 壮年の男女と元教師が四十年ぶりに修学旅行を再現した同窓会を企画する。
 行き先は濤海灘に浮かぶ弥陀華島、別名星見島とも言われる離島。
 宴席で久我陽一郎は、当時自分たちの高校をモデルにミステリを書いていたと告白する。
 その夜、宿泊先で久我の死体が発見される。
 折悪しく荒天のため、船が運航できず、天候が回復するまで捜査員は来られない。
 宿にとどまった七人は、一夜それぞれの思いにふける……。
 彼ら一人ひとりが隠している真実は、事件の全容をあきらかにするのか──。(帯より引用)
 2022年9月、書下ろし刊行。

 

 帯には「十年ぶり渾身の書き下ろし」と書いてある。しかも「二度読み三度読み必至!!」とまで書かれると、何らかの仕掛けがあることは間違いなし。ということで注意しながら読み進める。ところが、登場人物や舞台の説明がなかなか出てこない。離島での同窓会。登場人物たちが酒を飲みながらの会話を続け、少しずつ関係性がわかり始める。ただ、読んでいて個人的に違和感が漂う中で、事件が発生。荒天なので警察が来ることはできない。これはやはりクローズド・サークルものなのかと期待する。さて、ここからどうなると思ったら、登場人物一人一人の過去のエピソードに入ってしまう。
 この登場人物の過去エピソードだが、いずれも色々あった設定になっている。こういうのを読むと、かつて「人間が描かれていない」と新本格が評されていたことへの意趣返しに見えてしまうのは気のせいだろうか。それぞれの登場人物がこの同窓会に参加するまでの追憶自体は面白いのだが、今回の事件とどこにつながるのかさっぱりわからないまま話が進んでしまう。
 最後になって、ある仕掛けがあったことがわかるのだが、正直言って「だから何?」としか思わなかった。違和感の正体はこれか!と判明したのだが、それ以上のサプライズが見つからない。最後まで読み終わって、気付くこと。作者はいったい何をやりたかったんだ?
 久我がかつて書いていたミステリはどこにつながるのだろう。主人公のアナグラムはすぐにわかったのだが、それが今回の事件とどこにつながるのだ? カバーを外したら出てくる小説のエピソードは、何を暗示しているのだ? そもそもこれ、誰が書いたんだ?
 帯にある通り、確かに「二度読み三度読み必至!!」なのかも知れない。少なくとも、作者の仕掛けが成立しているかどうかは確認してしまう。ただ、それ以上のものが見つからない。血染めのタオルとか、回収していない伏線、色々あるよね。
 検索必至の作品です。もしかしたらどこかに読み落としがあるんじゃないか、調べてしまう。だけど、誰も見つけていないみたい。そもそもこれ、「本格」ですらない。謎解きすらない。もやもやしか残らない。「私は作者の意図を全部見抜いてやる」という人にはお薦めできるが、ミステリを楽しみたいという人には薦められない。

トマス・H・クック『死の記憶』(文春文庫)

 時雨の降る午後、9歳のスティーヴは家族を失った。父が母と兄姉を射殺し、そのまま失踪したのだ。あれから35年、事件を顧みることはなかった。しかし、ひとりの女の出現から、薄膜を剥ぐように記憶が次々と甦ってくる。隠されていた記憶が物語る、幸せな家族が崩壊した真相の恐ろしさ。クックしか書きえない、追憶が招く悲劇。(粗筋紹介より引用)
 1993年、アメリカで刊行。クック名義の第11長編。悲劇シリーズ第一作。1999年3月、邦訳刊行。

 

 主人公のスティーヴ・ファリスは建築士。マリーという妻と、ピーターという息子がいる。35年前の9歳の時、父親のウィリアム(ビリー)が母のドロシー(ドッティ)と兄のジェイミー、姉のローラを射殺し、そのまま失踪した。ある日、作家のレベッカソルテロが本を書くために取材をしたいとスティーヴの前に現れた。レベッカと話をするうちに、当時の記憶が少しずつ甦ってくる。
 読んでいて、地味な男が少しずつ過去の記憶を振り返っていき、父親の内面を探っていくうちに、自らの家族にも悲劇が襲ってくる展開。読んでいて非常に地味だし、ちょっとしたボタンの掛け違いがここまで進むかという点については首をひねるところがあるものの、ひたひたと悲劇が後ろから迫ってくる恐怖の描き方はさすがと思わせる。作者が書きたかったのは、悲劇の真相よりも、その悲劇へ足を進めてしまう人間の闇の部分なのだろう。
 退屈でつまらなくなりそうな話を、ここまで読める話にしてしまう作者の筆の巧さはさすがと思わせるものがある。ただ、もう一つ何か欲しかった気もする。その物足りない部分が何なのかは、わからないのだが。そのもどかしさも含めて、作者らしいのかもしれない。

深緑野分『ベルリンは晴れているか』(筑摩書房)

 総統の自死戦勝国による侵略、敗戦。何もかもが傷ついた街で少女と泥棒は何を見るのか。1945年7月。ナチス・ドイツが戦争に敗れ米ソ英仏の4カ国統治下におかれたベルリン。ソ連と西側諸国が対立しつつある状況下で、ドイツ人少女アウグステの恩人にあたる男が、ソ連領域で米国製の歯磨き粉に含まれた毒により不審な死を遂げる。米国の兵員食堂で働くアウグステは疑いの目を向けられつつ、彼の甥に訃報を伝えるべく旅出つ。しかしなぜか陽気な泥棒を道連れにする羽目になり――ふたりはそれぞれの思惑を胸に、荒廃した街を歩きはじめる。最注目作家が放つ圧倒的スケールの歴史ミステリ。(粗筋紹介より引用)
 2018年9月、書下ろし刊行。

 

 第二次大戦降伏後のベルリンが舞台。いつ読もうか迷っていたが、今、この時期だから読んだ方がいいかなと思って手に取ってみて正解だった。戦争というものの残酷さと虚しさがよく伝わる作品だった。
 最初こそ殺人事件が発生するが、メインの話は戦後のドイツ、ベルリンの風景である。戦争中は政府や軍隊に守られつつも最後は見捨てられ、そして敗戦後は占領軍に蹂躙され、屈辱を受ける。それでも人々はたくましく生き延びようとし、現状に絶望しながらも未来に輝かしい路があると信じて突き進んでゆく。
 国とは何か。そして国民とは。いろいろ考えさせられる話である。果てしなく重い。それでいながら、エンターテインメントな作品にも仕上がっているのだから、大した筆力である。
 戦争を経験していない人が、よくぞこれだけ書けたものだと感心する。しかも、日本ではなく、ドイツである。圧倒されてしまった。その一言に尽きる。