平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

漂泊旦那の日記です。本の感想とサイト更新情報が中心です。偶に雑談など。

平山夢明『ダイナー』(ポプラ文庫)

 ほんの出来心から携帯闇サイトのバイトに手を出したオオバカナコは、凄惨な拷問に遭遇したあげく、会員制のダイナーに使い捨てのウェイトレスとして売られてしまう。そこは、プロの殺し屋たちが束の間の憩いを求めて集う食堂だった――ある日突然落ちた、奈落でのお話。(粗筋紹介より引用)
 ウェブマガジン『ポプラビーチ』連載。加筆修正後、2009年10月、ポプラ社より単行本刊行。2009年、第28回日本冒険小説協会大賞受賞。2011年、第13回大藪春彦賞受賞。2012年10月、文庫化。

 

 プロの殺し屋たちが集う会員制ダイナーで、ウェイトレスとなったオオバカナコが遭遇する事件の数々。ボンベロが作る料理はうまそうなのだが、目の前で展開される殺人シーンなどは惨たらしい。確かに奈落と呼ぶのに相応しい場所である。というか、食事と暴力シーンばかりじゃないか、これ。正直、殺し屋たちの背景がよくわからないし、作品世界のルールもよくわからない。ただ妙な迫力はあるし、底なし沼にはまったような抜け出せられない妖しさがある。何が何だかわからないが、読んでいて目が離せない。
 読者を選びそうだなとは思うが、大藪春彦賞にはふさわしいという魅力がある。ただ作者が投げかけてくる言葉に従って読み進めればよい、考えるだけ無駄だ、というような作品であった。

妹尾和夫『笑うて泣いて また笑て ――妹尾和夫のしゃべくりエッセー』(天理教道友社)

 生まれは大阪・大正区。中学・高校を天理で過ごし、教師めざして上京するも、役者になって大阪へ。芸能生活45年、多くの出会いに感謝を込めて、ラジオにテレビに舞台にと、今日も明日も全力投球!!
 撮影現場や番組で出会った著名人とのエピソードや、青春時代の思い出、幼い日の記憶など、演出家・俳優である人気パーソナリティーがラジオ感覚で自由にしゃべった痛快エッセー。(帯、折り返しより引用)
 2013年4月から2021年3月にかけて『天理時報』(週刊)に連載された「笑うて泣いて また笑て ――妹尾和夫のしゃべくりエッセー」を再編集してまとめ、2021年9月、刊行。

 

 著者は昭和26年(1951年)、大阪市生まれ。天理中学・天理高校を卒業後、日本大学文理学部哲学科入学。在学中から役者を志し、同55年、NHK銀河テレビ小説『御堂筋の春』でデビュー。平成4年(1992年)に演劇集団「パロディフライ」を旗揚げし、座長として演出を担当しながら舞台に立つ。また、関西を中心にラジオパーソナリティーとして人気を博し、テレビでも活躍。現在、『全力投球!! 妹尾和夫です。サンデー』(ABCラジオ)、『妹尾和夫のパラダイスKyoto』(KBS京都ラジオ)、『せのぶら本舗』(ABCテレビ)に出演中。(著者紹介より引用)
 著者は1983年、『お笑いスター誕生!!』に男性2人、女性1人のパロディフライというトリオで出演。青春コントで5週勝ち抜き、銀賞を獲得している。ということで、その辺のエピソードが何か書いていないかなと思って購入。
 読んでみたら、当時のメンバー、神谷光明さんが亡くなっていたという事実を知って驚いた。まだ若かったのに……。
 他はまあ、普通の思い出話をまとめたもので、著者のラジオなどを聞いている人なら面白いかもしれないけれど、うーん……。まあ、読みましたということで。

犯罪の世界を漂う

https://hyouhakudanna.bufsiz.jp/climb.html
「求刑無期懲役、判決有期懲役 2021年度」に1件追加。
 南伊豆の覚醒剤1t密輸入事件で何進威被告に判決が出ていたのですが、判決どころか裁判について一切の記事が見つかりません。ということで今回はTwitterなどの情報をまとめています。ご了承ください。
 覚醒剤密輸入関連の記事ってもともと少ないんだけど、外国人がらみは特に少ない。しかし、この事件は国内で一度に覚醒剤が押収された量としては過去最高なのにここまで記事が少ないというのは、何か問題でもあるのだろうか。それとも単にニュースバリューがないと判断されているのだろうか。
 そういえば、国本有樹被告の裁判員裁判が始まっているはずなのに、こちらも記事が全く出ない。東京地裁と大阪地裁案件は、本当に記事が少ないと感じる。

 

 明日、明後日は更新を休みます。こういう時に限って、絶対何かあるんだよな……。昔からそういうことが結構あった。

横溝正史『完本 人形佐七捕物帳 四』(春陽堂書店)

 『完本 人形佐七捕物帳』第四巻収録作品は、日米開戦後に杉山書店から刊行された『人形佐七捕物百話』に収録された書下ろし16本を収録。一部は他の捕物帳からの改作があるものの、基本的には完全新作である。
 戦時下ということもあってか、基本的にエログロ風味は控えめ(一部の妖艶描写は後に書き加えられたもの)。解説にもあるが、「小倉百人一首」のプラトニックな関係は戦時下ならではの書き方だろう。また本格ミステリ味の色濃い作品は少なく、人情味の多い作品が多いのも、戦時下ならではかもしれない。まあ、それはそれでほっこりするものであるが。佐七、お粂、辰、豆六の、時には喧嘩し、時にはユーモラスながらも、それぞれが深い絆でつながっている関係が強調されている感もある。
 「小倉百人一首」「双葉将棋」と暗号物が二つ並んでいるのは、執筆当時の作者の興味を示しているようで面白い。「妙法丸」の意外な凶器、「鶴の千番」の手がかりから殺人方法を導き出す推理など、本格ミステリファンが注目するものもある。もちろん、本巻で本格ミステリ味が一番濃いのは、「百物語の夜」だが。
 本巻でお勧めするのは、自選集でも選ばれていて連続殺人事件の意外な犯人など評判の高い力作「ほおずき大尽」、公方様の依頼で佐七たちが大奥で活躍するタイムリミット謎解き「鼓狂言」、連句のダイイングメッセージが面白い「お玉が池」、クリスティーの某長編を彷彿とさせる余韻の深い傑作「百物語の夜」、佐七の人情話ではトップクラスの後味の良さ「団十郎びいき」といったところ。

阿津川辰海『蒼海館の殺人』(講談社タイガ)

 学校に来なくなった「名探偵」の葛城に会うため、僕はY村の青海館を訪れた。政治家の父と学者の母、弁護士にモデル。名士ばかりの葛城の家族に明るく歓待され夜を迎えるが、激しい雨が降り続くなか、連続殺人の幕が上がる。刻々とせまる洪水、増える死体、過去に囚われたままの名探偵、それでも――夜は明ける。新鋭の最高到達地点はここに、精美にして極上の本格ミステリ。(粗筋紹介より引用)
 2021年2月、書下ろし刊行。

 

 『紅蓮館の殺人』の続編ではあるが、「名探偵」の葛城輝義と「助手」の田所信哉が前作で精神的に傷ついているという事実さえ押さえておけば、そちらを読まなくても特に問題はない。というか、私自身、『紅蓮館の殺人』は読んでいない。多分続編なんだろうなと思いながらも、こちらを先に手に取った。
 高校を休んでいる葛城輝義に会うために、祖父惣太郎の四十九日に合わせて休み中の連絡事項を持ってきたという名目で、隣の県の山奥にあるY村の高台にある実家の青海館を訪れる田所信哉と友人の三谷緑郎。青海館にいる家族は、父親で政治家の健治朗、母親で大学教授の璃々江、兄で警察官の正、姉でトップモデルのミチル、叔母の堂坂由美とその夫で弁護士の広臣と息子の小学生夏雄、祖母で認知症を患うノブ子。そして誰が出したかわからない招待状で来ている、雑誌記者でミチルの元カレ坂口、夏雄の家庭教師の黒田、葛城家の主治医で輝義の実兄である丹波梓月。台風で帰れなくなった館で起きる連続殺人。大雨による氾濫で橋は流され、村は水位が上がり水没の危険が起きている中で、「名探偵」は推理する。
 正直、村が水没するという地理関係がよくわからない。しかも村より標高が35mも上の高台にある館まで水没するというのは、どういう位置に配置されているんだ? なのに電気も通信も遮断されないって、どうなっているんだ? まあそういうことは考えないようにした方がいいのだろう。
 「助手」の田所信哉による一人称視点で話が進むのだが、この田所自身が前作でかなり心に傷を負っているらしく、くよくよ、もたもた、グタグタしていて、読んでいて本当に鬱陶しい。おまけに「名探偵」の葛城輝義もグズグズしているし、本当に苛立ってくる。二人が高校生だということを考慮しての成長物語という見方もあるだろうが、今更名探偵や助手の苦悩なんて、読みたくもない。
 おまけに嵐の山荘、館内での連続殺人(ご丁寧に〇〇〇まであり)、トリックまでもう古典本格ミステリのオマージュなのかと突っ込みたくなるぐらい、古い。スマートフォンが死体の身許確認で使われるなどの現代的な要素は一応あるけれど、それでも古い。さらにいえば、登場した瞬間に本格ミステリならこいつが犯人だと、誰もが思うような人物がやっぱり犯人というのは、どうにかならないものか。
 よっぽどの本格ミステリファン以外にはお薦めしません。どこがいいのか、さっぱりわからない。
 ところで小説中では“青海館”なのに、タイトルが“蒼海館”になっている理由、どこかに書いていますか。読み返す気力もないので、調べていません。

佐藤大介『ルポ 死刑 法務省がひた隠す極刑のリアル』(幻冬舎新書)

 世論調査では日本国民の8割が死刑制度に賛成だ。だが死刑の詳細は法務省によって徹底的に伏せられ、国民は実態を知らずに是非を判断させられている。暴れて嫌がる囚人をどうやって刑場に連れて行くのか? 執行後の体が左右に揺れないよう抱きかかえる刑務官はどんな思いか? 薬物による執行ではなく絞首刑にこだわる理由はなにか? 死刑囚、元死刑囚の遺族、刑務官、検察官、教誨師、元法相、法務官僚など異なる立場の人へのインタビューを通して、密行主義が貫かれる死刑制度の全貌と問題点に迫る。(裏表紙より引用)
 2016年1月に出版された『ドキュメント 死刑に直面する人たち――肉声から見た実態』(岩波書店)に最新の情報と追加取材の内容を加え、加筆・修正。2021年11月、刊行。

 

 帯に「"死刑賛成"とこれを読んでも言えますか?」「150年変わらない現行制度の不都合な真実を暴く」と書かれているので、気になって手に取ってみた。読み終わって言えるのは、この程度の内容だったら「死刑賛成」という意見は変わらないな、ということである。内容的に言えば、今までの様々な死刑に関する著書や新聞記事をまとめて整理したものにすぎず、目新しいものはほとんどない。
 毎回思うのだが、死刑制度に反対する被害者遺族で出てくるのは、ほとんどが原田正治さんである。「半田保険金殺人事件」で弟を殺害された被害者遺族で、長谷川敏彦元死刑囚(2001年執行)と交流を持っていた。死刑廃止派が被害者遺族でも死刑を望まない人がいるという話を出すときに、必ずと言っていいほど例に取り上げるのが原田さんだ。最近だったら、広島連続保険金殺人事件の被害者遺族、大山寛人さんの名前も出てくるが、大山清隆死刑囚の実子でもあるし、例外に近いだろう。とにかく、死刑囚は何百人いるにもかかわらず、被害者遺族で死刑反対を訴えているのがごくごくわずか、という事実はもっと考慮されるべき事実である。
 だいたい、裁判員裁判でどれだけの遺族が極刑を訴えているだろうか。この事実について、もっと身を入れて考えるべきではないか。少なくとも、無視してよいものではない。
 それに「償い」って、いったい何を償うのか。この問いについて答えてくれる人は誰もいない。まさかとは思うが、被害者の冥福を毎日祈ることが「償い」とでも思っているのだろうか。それは加害者のただの自己満足だ。
 ほかにも言いたいこともある。例えばP214 「日弁連は2016年10月に福井市で開いた「第59回人権擁護大会」で、2020年までの死刑制度廃止と、終身刑の導入を国に求める宣言を採択した」とあるが、ここに問題点があり、採択の多数決は大会に出席した弁護士「だけ」で行われたのだ。ちなみに賛成546人、反対96人、棄権144人である。ところが、日弁連に所属する弁護士人口は2015年時点で36,415人。出席人数はわずか2.2%、賛成人数だと全弁護士の1.5%で採択されている。当然委任状などがあるわけではない。こんなことが許されるのだろうか。どこの社会でも有り得ない話である。
 他にもP165「被害者遺族は、加害者からの損害賠償を受けられないことが多く、また、事件に関する情報提供など、その権利が十分に保障されているとはいえない状態が続いていた。しかし、1981年から始まった犯罪被害者給付制度で遺族給付金が支給されるなど、経済的支援が行われるようになった。また、2000年に入って行われた刑事訴訟法の改正や刑事手続に関する措置法の制定によって、被害者遺族などにも訴訟記録の閲覧・謄写や意見陳述の機会が保証されるようになった。このように、現在ではさまざまなかたちで遺族に対する支援が行われている」と書かれているが、例えば意見陳述の機会については、日弁連は「犯罪被害者等が刑事裁判に直接関与することのできる被害者参加制度に対する意見書」にある通り反対しているし、2015年10月に日弁連が配布した「死刑事件の弁護のために」という手引きには被害者参加そのものに反対すべきとか、被害者の権限行使に対し随時否定的な意見を述べるべきなど、日弁連は被害者遺族が勝ち取った権利を奪い取ろうとしていることをスルーすべきではない。
 最後のインタビューだって、例えば当時はあった「あすの会」や結成された「犯罪被害者支援弁護士フォーラム」などにも行うべきではなかったか。死刑という究極の判断を導くもととなる、犯罪の冷酷さや深刻さ、被害者の苦しみ、社会に与えた損害と影響を訴えるためには、第一に問い合わせる対象だろう。
 タイトルは一応ルポとなっているが、死刑反対に不都合な真実について記されていることは少なすぎる。もっと公平な著書を、読みたい。