平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

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ロード・ダンセイニ『二壜の調味料』(ハヤカワ・ミステリ文庫)

二壜の調味料 (ハヤカワ・ミステリ文庫)

二壜の調味料 (ハヤカワ・ミステリ文庫)

 

  調味料のセールスをしているスメザーズが同居することになったリンリーという青年は、きわめて明晰な頭脳の持ち主だった。警察に依頼されて怪事件の調査をはじめたリンリーは、スメザーズの手を借りながら、数々の事件の真相を明らかにしていくのだった。エラリイ・クイーンと江戸川乱歩が絶賛した表題作をはじめ、探偵リンリーが活躍するシリーズ短篇9篇を含む全26篇を収録。忘れがたい印象を残す傑作ミステリ短篇集!(粗筋紹介より引用)
 「二壜の調味料」「スラッガー巡査の射殺」「スコットランド・ヤードの敵」「第二戦線」「二人の暗殺者」「クリークブルートの変装」「賭博場のカモ」「手がかり」「一度でたくさん」「疑惑の殺人」「給仕の物語」「商売敵」「ラウンド・ポンドの海賊」「不運の犠牲者」「新しい名人」「新しい殺人法」「復讐の物語」「演説」「消えた科学者」「書かれざるスリラー」「ラヴァンコアにて」「豆畑にて」「死番虫」「稲妻の殺人」「ネザビー・ガーデンズの殺人」「アテーナーの楯」の26編を収録。
 1952年、刊行。2009年3月、ハヤカワ・ポケット・ミステリにて邦訳刊行。2016年11月、文庫化。

 

 日本のミステリファンにとっては、江戸川乱歩が奇妙な味の代表例として選んだ「二瓶のソース」の作者で有名。藤原宰太郎の推理クイズにもよく出てくるし。『クイーンの定員』で知るまで、まさか短編集のシリーズ1編だとは知らなかった。改めて読むと最初の9編がリンリーもので、調味料ナムヌモのセールスマンであるスメザーズとの連作短編集になっていることが意外。「二瓶のソース」を読んで、連作ものだとはふつう思わないよな……。ダンセイニってアイルランドのファンタジー作家として有名とのことだが、そちら方面には疎く、全然知りませんでした。
 「二壜の調味料」はあるテーマの有名な古典であり、最後まで読み終わると思わずぞっとしてしまう作品だが、リンリーもの全体を通してみると、確かにユーモアミステリの味に近い。「スラッガー巡査の射殺」は推理クイズでも有名なトリック<!-- (氷の弾丸) -->が使われているけれど、これは多分どこかの作品から引用したのだろう。さすがにカーとは異なり、実現不可能だとは思うが。解説にあったけれど、ホームズのパロディに近いというのがしっくりくる。「手がかり」なんてクロスワードパズルの回答から犯人像を推理するところなんて、作者自身の思惑はともかく、笑いどころでしかない。ただ、このシリーズだけで1冊作ってほしかったな。
 他の作品はバリエーションが凄い。ファンタジーやSFミステリ、クライムノベルやサスペンス、風刺など色々である。「新しい名人」の発想は、この時代からあったのかと驚いた。「豆畑にて」「死番虫」「稲妻の殺人」の3編は引退したリプリー刑事からの聞き取りという刑事もの。これもシリーズ化すればよかったのにと思ってしまう。
 ダンセイニはミステリの著書はこれ1冊だけとのことだが、この1冊、そして短編「二壜の調味料」でミステリ史に足跡を残したことは間違いない。収録作品数を見ればわかる通り、ミニ・ミステリに近い内容のものが多く、できればもうちょっと長めの作品も読んでみたかった。

佐々木譲『警官の血』上下(新潮文庫)

警官の血 上 (新潮文庫)

警官の血 上 (新潮文庫)

 
警官の血 下 (新潮文庫)

警官の血 下 (新潮文庫)

 

  昭和二十三年、警察官として歩みはじめた安城清二は、やがて谷中の天王寺駐在所に配属される。人情味溢れる駐在だった。だが五重の塔が火災に遭った夜、謎の死を遂げる。その長男・安城民雄も父の跡を追うように警察学校へ。だが卒業後、その血を見込まれ、過酷な任務を与えられる。大学生として新左翼運動に潜りこめ、というのだ。三代の警官の魂を描く、空前絶後の大河ミステリ。 (上巻粗筋紹介より引用)
 安城民雄は、駐在として谷中へと還ってきた。心の傷は未だ癒えてはいない。だが清二が愛した町で力を尽くした。ある日、立てこもり事件が発生し、民雄はたったひとりで現場に乗り込んだのだが―。そして、安城和也もまた、祖父、父と同じ道を選んだ。警視庁捜査四課の一員として組織暴力と対峙する彼は、密命を帯びていた。ミステリ史にその名を刻む警察小説、堂々たる完結篇。(下巻粗筋紹介より引用)
 『小説新潮』2006年6月号~2008年8月号連載。2008年9月、新潮社より単行本刊行。2008年、日本冒険小説協会大賞受賞。2010年1月、新潮文庫化。

 

 警察官三代にわたる大河ミステリ。実際に起きた事件が中心に絡まり(谷中五重塔放火心中事件、大菩薩峠事件、東アジア反日武装戦線、稲葉事件等)、外にも帝銀事件、荒川バラバラ殺人事件、オウム事件、神戸連続児童殺傷事件等の事件が出てくる。この手の大河ミステリになると、メインとなる未解決事件があるのだが、本作品では初代となる安城清二が五重塔放火心中事件の際に謎の死を遂げた事件が核となる。とはいえ、二代目が証拠を集め、三代目が解決する、という単純な話ではないところが本作品の絶妙なところ。初代、二代目、三代目ともに警官となるのだが、性格が違う。もちろん二代目は、新左翼運動にスパイにもぐりこんだ影響で心に大きな傷を負っているが、それを抜きにしてもこれだけ性格が違うと、本当に血がつながっているのかと聞きたくなってしまう。これもまた時代に付き添った結果なのだろうか。
 物語自体は面白いのだが、連載のせいか、首をひねる部分が多い。特に二代目、民雄の妻・順子があれだけ暴力を受けながらも民雄のそばを離れなかった理由がわからない。初代の妻・多津はちょこちょこ出てくるが、順子の描写はほとんどなく、心情が語られることはない。三代目・和也の妹である奈緒子に至っては、存在すらもほとんどない状態。この作品、女性側の心理描写がほとんどない。「警官の魂」を描くなら、それを支えてきた人物の視点や声を必要だと思うのだが、どうだろうか。
 物語自体も、二代目までは丁寧に描かれていたが、三代目のパートはかなりの駆け足。初代、二代目と三代目の性格の違いがどうしても結びつかない。こういう人物にしてしまってよかったの?と作者に聞きたくなった。
 骨太の作品とはいえるけれど、最後がすっきりしない作品。連載後、もう少し加筆修正してもよかったんじゃないだろうか。そうすればより重厚な作品になったと思う。

犯罪被害者支援弁護士フォーラム『死刑賛成弁護士』(文春新書1274)

死刑賛成弁護士 (文春新書)
 

 「弁護士はみな死刑反対」と考えるのは大間違い! 被害者遺族の悲嘆と刑事裁判の理不尽さを知悉する弁護士らが、一般的な感覚から乖離する死刑反対派の欺瞞、死刑廃止国が行っている現場射殺の実態など、知られざる真実をここに“告発”する。(折り返しより引用)

 2020年7月、刊行。

 

 著者の犯罪被害者支援弁護士フォーラムは、2010年結成。略称VSフォーラム。犯罪被害者の被害の実情を踏まえた活動を基本に据え、被害者の権利の拡充、被害者のための制度の実践、研究、改善策の提言などを目的として集まった弁護士の有志団体。また、日本弁護士連合会の「死刑廃止」の立場に異議を唱えてきた。会員21名。(著者紹介より引用)

 犯罪被害者を支援する弁護士組織がある以上、いつかはこの手のような本が出てくるとは思ったが、読み終わってみると、ちょっと内容が軽いなあという印象がある。まあはっきり言っちゃうと、ネット上でよく見かけるような死刑賛成論、というか、死刑廃止論に対する反対意見が多いからだ。逆に言うと、それだけ死刑廃止論に対する反論の中身が固まりつつあるというべきなのかもしれないが。
 哲学・論理学・法律学・犯罪学など様々なアプローチで死刑廃止論を訴えても、被害者遺族が納得いかない、という意見には敵わない。そりゃそうだと思ってしまう。本来の被害者やその遺族が何ら救われないのだから。せめて死刑にすべきだというのは正直な意見だろう。これを感情論というのなら言えばよい。ここを通らずに、死刑廃止論など通用しない。死刑廃止論者はそこを勘違いしている。あるいは、一番の弱点だから極力触れないようにしている。
 まあ矛盾すべきところはある。確かに法律は各国が独自に定めるべきものだが、他国が口を出す正当性を言い出すと、中国の国家安全維持法にも文句がつけられないことになってしまう。「人権の押し付け」の線引きは必要となってくるだろう。
 「償い」や「冤罪問題」に対する意見は納得。そもそも「償い」なんてただの自己満足にすぎない。冤罪が誰も救われないのは当然のことであり、死刑問題に限ったことではない。むしろ、冤罪を無くす捜査、弁護、裁判に力を入れるべきだ。
 ただ、当然かもしれないが、被害者遺族の意見の声が一部しか出てこないのはちょっと残念。もちろん表に出たくない遺族もいるだろう。しかし、声を上げたくても上げる機会すらない遺族もいるはず。もっとそういう声を拾い上げてほしい。
 この本の一番残念なところは、死刑賛成におけるデータがないこと。世論調査などの一般的なデータはあるものの、一番肝心な、被害者遺族の死刑賛成・反対論に関するデータを救い上げるべきではなかったか。こういうデリケートな問題に、一番無難に取り上げることができるのはこのような弁護士たちだろう。直接アンケートを取ることができなくても、例えば裁判所における意見陳述を集めることは、弁護士だったら難しくないはずだ。
 法律の専門家たちによる表立った死刑酸性論は少なかったが、読みやすい形でようやく出てきたと言える一冊。死刑廃止論者は「ただの感情論でしかない」と逃げるのか、それとも正面から立ち向かうのか。興味があるところである。


 さて、今年の『年報・死刑廃止』でどう取り上げるのか、興味深く待っている。

ちょっと意外

 恵庭OL殺人事件の第二次再審請求、まだ最高裁の決定は出ていないよう(2020年7月時点)。2018年3月20日付で札幌地裁が棄却、同年8月27日付で札幌高裁が即時抗告を棄却、という早いペースだったので、それから2年経っているというのがちょっと意外。

クリス・マクジョージ『名探偵の密室』(ハヤカワ・ポケット・ミステリ)

 かつて少年探偵として名を馳せたモーガン・シェパードは、いまやリアリティ番組で活躍する“名探偵”として数々の事件を解決している。だがある日、目覚めると何故かホテルのベッドに手錠で繋がれていた。周囲には見知らぬ5人の男女が。外へ出る手段がない中、バスルームで謎の死体が発見される。すると突然、備え付けのTVに男が映り、5人の中から3時間以内に殺人犯を見つけなければホテルごと爆破すると告げた。狂気の殺人ゲームが始まる……驚愕の真相が待つ、ミステリの本場英国から新本格派への挑戦状!(粗筋紹介より引用)
 2018年、英国で発表。2019年8月、邦訳刊行。

 

 作者はロンドン大学シティ校で、クリエイティブライティング(犯罪小説/スリラー)の修士号を取得し、2018年に『名探偵の密室』で作家デビュー。2018年5月時点で26歳。本作は作者の卒業論文で、エージェントの目に留まり出版されることになった。卒業論文でミステリを書けることがうらやましい。自分には書ける能力がないけれど。
 帯に「本場英国から新本格派に捧げる驚天動地の脱出ゲーム!!」ってあったので、衝動買い。しかし最初のうちは読みづらかった。慣れるとそうでもないけれど。デビュー作と聞いて、納得した。どことなく独りよがりなところが多い。そもそも誰にも見つからずさらうことができるのだろうか、なんてところから疑問だし、それはまだしも、動機がひどすぎる。しかも、こんな計画を立てるだけの部分があまりにも雑。登場人物、みんなおかしいよ。
 どう考えても「名探偵」を皮肉る作品としか思えなかったのだが、作者にはそんな意図はないようだ。うーん、過去にどんな作品を読めば、こんな作品が出来上がるのだろうか。黄金時代のミステリとも全く別物。新本格派への挑戦状、という言葉に騙された。こんなもの、誰も推理ができないし、結末を訊いたら唖然とするしかない。新本格派というのが何もかも無視して自分の都合の良い組み立てをする作風と定義づけていたのだとしたら、あまりにも皮肉でぴったりくるのだが、さすがの新本格派もここまでの設定は考えないだろう。
 だけどこれ、シリーズ化しているんだよな……。怖いもの見たさで読んでみようかという気にさせられる。

盆休みに入った

 コロナが怖くて、全然動けない。エアコンのせいかもしれないが、日中でも眠い。夜も眠い。寝てばかりだ。

 前の仕事が一段落して、どうしようかと思っていた状態だったので、休み明けにスケジュールが幾つか入っているのはちょっと嬉しい。